| メッセージ=時事通信社記者内定 Tさん 2005/8/28追加掲載 |
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内定をいただくまでの約一年間、週末MSFの授業を受けることが習慣になって いた。今振り返ると毎回とにかく、がむしゃらだったと思う。作文が思うように 書けず、朝まで頭を抱え、納得のいくエントリーシートが出来ず焦りが募った。 ここに載っているMSFの先輩の合格体験記を読んでも、勇気付けられるどころ か、自分だけは記者になれないのではないかと思ったことも何度かあった。 政治や経済など自信をもって他人と意見を戦わせるだけの知識もない自分は、記 者には程遠い。仲間と懇談するたび、そんな不安を感じた。 そんな私を支えたのは、先生の言葉だ。「あなたなら絶対記者になれますよ」。 初めてそう言われた時、その言葉がどれだけ嬉しかったかよく覚えている。なぜ 先生がそんな言葉をかけてくださったのか、今でもわからない。が、とにかくそ の一言は内定をいただくまで私の糧となった。 MSFの授業では答えが提示されることはほとんどない。しかし、その中にたく さんのヒントがあって、それを拾って調べ、足を運び、考える作業を繰り返して いるうちに自分の目標がはっきりする。それは、「記者職で内定をもらいたい」と いう目標ではなく、「こんなことを伝えたい。だから絶対に記者になるんだ」とい う意識だ。 2005年1月21日。普段日記などつけない私が、ノートに走り書きをしてい る。「MSF、心に残る授業」。その日は過去のある事例をもとに事件報道の原点 についての講義があった。報道とは何か。明確な答えはまだ見つけられていない が、あの日の授業を私はずっと忘れられないと思う。 「記者になることは簡単です」。先生がよく言っていたことを思い出す。今ようや くその意味がわかる。MSFで感じたこと、考えたこと、学んだ様々なことを心 に留め、早く一人前の記者になりたい。こうしてスタートラインに立つことがで きた。先生と仲間に改めて感謝する。(東京教室生) |
| メッセージ=日本経済新聞社系出版社編集者内定 Hさん 2005/8/28追加掲載 |
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「学生のうちはこうした不義理は許されても、社会であなたと向き合う人たちは 無理にあなたとお付き合いする必要がない人ばかりです」。厳しい言葉だ。しか しこんな言葉をかけてくれる人が、親以外にいるだろうか。いや、親でさえ言っ てくれないことを教えてくれた人。それが山田先生だった。 第一志望の会社に落ちてから二週間後。落胆のあまり、MSFに不合格の結果報 告を怠っていた私を注意するメールが届いた。励ましてくれる両親、気を遣って くれる友人に囲まれて、私は気が緩んでいたのかもしれない。冒頭の言葉はどん な励ましよりもずっしりと響いた。 社会に出たら、私個人の心情とは無関係に、いい仕事をしていかなければならな い。辛いときこそ自分の人格が問われる時なのだ。「受かるため」ではなく「受 かってから」を考えるという、MSFの指導方針の意味が分かった気がした。厳 しい指摘をあえて言ってくださったことがありがたかった。 もちろん、講座での懇談や作文試験は非常に勉強になった。どれだけMSFの試 験対策が的確なものか。それは本番の試験を受ければ受けるほど身に沁みて分か った。 講座の教材として用いられるオリジナルの資料集「ニュースファイル」で覚えた 時事問題はおもしろいくらい筆記試験に出たし、MSFで何度も書き直した作文 を書いたエントリーシートは通過し、そうでないものを書いた時は通過しなかっ た。独りよがりだった文章が、多少は読むに堪えるものになった。 第一志望には手が届かなかったが、狭き門と言われる出版業界から内定をいただ くことができたのは、本当にMSFに通ったおかげだったと思う。しかし、MS Fで学んだ一番大きなものは、試験対策のノウハウではなく、社会人として働く 上での覚悟や常識だった。未熟な部分ばかりの自分が社会に出ていくことを思う と空恐ろしいような気もするが、今の気持ちを忘れずに、いい仕事をしていきた い。 これからマスコミを受験する皆さん、MSFで聞く厳しい言葉こそがあなたの指 針になると思います。落ちても落ちてもめげずにがんばって、内定をつかみ取っ てください。(札幌教室生) |
| メッセージ=山陽新聞社記者内定 Kさん 2005/8/27追加掲載 |
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新聞記者になってしまった。正直に言えばそのような感覚だ。 なぜなら、私はどうしてもアナウンサーになりたくてMSFに入ったからだ。私 はそれまで大手の有名アナウンススクールに通っていた。しかし、講義のたびに 指導者が変わったり、教室が大人数で一人に割かれる指導時間が3〜4分しか無 かったりとその授業の形態に疑問を持たざるを得なかった。 そんな時、偶然出会ったのがMSFのホームページだった。 アナウンサーだけでなく、新聞記者をはじめとしてテレビ、雑誌、広告などあら ゆるマスコミ業界に多くの内定者を輩出している点に興味を持った。 「なぜ、自分の伝えたいことをその会社で伝える必要があるのか」。講座での面 接クリニックで何度も先生に問われたことだ。最初は、自分のやりたいことの意 義など思いもつかなかった。しかし、多くの人に情報を発する仕事をする以上、 常に考えなければならないことは「社会的な意義」だ。 MSFの授業では「懇談」をはじめ、とにかく受講生自身に考えさせることを主 体としていた。学生時代に全く勉強をしていなかった私は、他の受講生のレベル に圧倒されてばかりで恥ずかしいくらいだった。しかし、講座や勉強会を重ねて いくうちに、新聞やテレビに対する接し方は確実に変わっていった。自分が伝え る側ならばどうするか、その社会的意義はなにか、それを取り上げることに何の 意味があるのか。 常に「伝え手の視点」を持ちメディアに触れられるようになった(それでも勉強 会では何度も「視点が甘い」という指摘を仲間から受けたが)。そして、その思 考方法はエントリーシートの作成や本番の面接でも大いに役立った。 MSFの受講生は、学生だけでなく、社会人やフリーターが多いのも良い点だ。 私自身フリーターとして就職活動をしていたが、辛い時、苦しい時に同じような 状況の仲間と励まし合えることほど心強いことはなかった。勉強会では互いのエ ントリーシートや作文についてとことん指摘しあったり、新聞やテレビについて 議論しあったり、模擬面接を行ったり、一人では乗り越えられない壁も講座仲間 がいたからこそ前に進むことが出来た。 私は年齢の問題で受験できる局がほとんど無かったことなどでアナウンサーには なれなかった。しかし、MSF入会当初には考えてもいなかった新聞記者で内定 をもらった。生意気なことを言うがジャーナリストとしての資質は確実に身につ いているのだと実感できた。アナウンサーと記者、という違いはあるが今後はM SFで習ったことを胸に報道の世界で活躍していきたいと思う。(東京教室生) |
| メッセージ=西日本新聞社記者内定 Kさん 2005/6/9追加掲載 |
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自分の伝えたいことと社会に伝えていくべきこととの違いを知った上で伝えるこ と。そして、自分の発するメッセージには責任を持つこと。私がMSFで学んだ 最も大きなことだ。 一年目の受験では面接までは進むものの、結果を得ることができないまま終わっ た。両親には何でもいいから仕事につけと言われ、自分の中でもこれだけ受けて も駄目なら縁がないのではないかと弱気になっていた。そんな時に巡り逢ったの がMSFだった。半信半疑でホームページを見ている中で、マスコミ人になるこ とではなく、「マスコミ人になってから」を常に念頭に置いている意識の高さと 非常に高い合格率に引かれて入会を決めた。 MSFの講座で一番印象に残っているのは、初めて受けた個人面接の指導だ。 私は自分の伝えたいことを自分にしか分からない言葉で書いていた。結果はもち ろんボロボロでとても落ち込んだ記憶がある。でも、そこが新しい起点になった と思う。何度も何度もエントリーシートを書き直し、講座や勉強会で先生や受講 生にヒントをもらいながら、また書き直す。この作業を繰り返す中で、冒頭に書 いた二つのことを学んだ。そして、このことが結果につながったのだと思う。 今、マスコミ各社への受験を考えている人には、MSFの門を叩いてみることを 勧めたい。決して楽な講座とは言えないが、精一杯取り組む中で、内定をもらう 上で絶対に必要な「ジャーナリスト・マインド」のようなものを作っていくこと ができると思うからだ。 と、偉そうなことを書いている私だが、内定をいただいた後も、自分の未熟さを 日々感じ、少しでも良い記者になれないかと苦悩している。内定をもらった後の 方が苦悩しているかも知れない。ただ、そんな時は講座で学んだことを思い出し て、日々覚悟を新しくしている。先生がいつも仰っているように、内定をもらっ てからが勝負なのだから。最後に先生と、共に学んだ仲間にお礼を言いたい。 「私がここまで来られたのは、的確な指導をしていただいた先生と、勉強会で時 に意見を闘わせ、時にアドバイスを交し合った仲間のお陰です。本当にありがと うございました。」(東京教室生) |
| メッセージ=毎日新聞社記者内定 Tさん 2005/6/8追加掲載 |
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有名大学の出身ではなく、抜きんでた能力があったわけでもない私。 学生時代、新聞記者になりたいという夢は叶わず、一般企業に就職した。入社後 一年が経過したものの、胸の内にあった思いは捨てきれずにいた。 そんな時、たまたまインターネットでMSFを知った。真剣に努力すれば誰にで もチャンスがあるという案内文と、それを十分証明する実績の高さに惹かれ、入 会を決めた。だが、確固たる自信があったわけではない。それまで新聞社の入社 試験は、筆記試験や一次面接ですべて不合格になっていた。既卒の受験生は時間 の経過とともに合格のためのハードルが高くなるだろうという焦りもあった。 それまでの間、他のあるマスコミ就職塾に相談したりもしたが、にべもない返事 をされて不安になったこともあった。 「僕、夢を見てるだけなんですかね」。 ある日、MSFのメーン講座終了後、帰り際にふと山田先生に聞いたことがあっ た。 「いいんだよ。夢を見ても」。 先生の励ましの言葉は私の胸に響いた。私の将来を信じて応援してくださること が嬉しかった。まだ可能性があるなら、とことん頑張ってみようと思った。 講座では、面接、論作文練習や業界研究、懇談など講義の密度の濃さに圧倒され た。自分の志望書や作文で至らない部分を鋭く指摘され、うまく解決できずに頭 を抱えることが何度もあった。 だが、それらを一つ一つ逃げずにクリアすることで、自信につながった。また、 山田先生の取材経験に基づくお話や、提供してくださる資料は、面白いだけでな く、憧れでしかなかった記者の仕事が身近に感じられる刺激に満ちていた。 それにより、自分の目指す記者像や、伝える側の視点を意識する上でも大変役立 ったと思う。さらに、同じく報道への志を持つ受講仲間と出会い、続けた勉強会 も有意義だった。 最初は、条件的に不利な面ばかりを見て無理なんじゃないか、と弱気になること も多かった。夢が夢で終わってしまうことを何度も想像した。だが、講座で勉強 を続けるうちに、絶対に乗り越えてみせるんだという明確な気持ちと目標が芽生 え、それが内定への原動力になった。勝因を挙げるとすれば、自分を信じて諦め ず、食らいつく姿勢を忘れなかったことだ。 決してスムーズにここまでたどりついたわけではないので、私は偉そうなことも 言えない。しかし、自分の経験からこれだけは言える。粘り強く、真剣に学び、 考えながら準備を進めれば、きっとチャンスはあるということ。参考にしていた だけると幸いに思う。(東京教室生) |
| メッセージ=NHKディレクター職内定 Sさん 2005/6/8追加掲載 |
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MSFで勉強を始めて丁度一年が経った4月20日、第一志望のNHKから内定の 連絡を頂いた。まずはお世話になった全ての人に感謝の意を表したい。 大阪教室は「個性の集合体」だった。新聞社を目指す人、テレビ局を目指す人、 出版社を目指す人、新卒者、既卒者、社会人。今までに体験したことのない集団 の中でもまれたことが、私を成長させたと断言できる。自分の知らない世界を見 ることや、自分が知っていると思い込んでいる世界を改めて見直してみると必ず 新しい発見があり、成長することができる。 マスコミを志す人は(一部の人を除いて)一段も二段も自分を成長させる必要が あると思う。私はそう思いMSFの門を叩いた人間だが、なかなか思い通りいか なかった。入塾して半年間は「まだ大丈夫。まだ大丈夫」という根拠のない安心 感で自分の成長を妨げていた。 そんな時、模擬面接を受ける機会があった。それはひどい内容だった。面接は思 い出したくもないくらい呆れた答えしか言えず、エントリーシートは今見たら吹 き出してしまうような出来だった(実際に先日読み返してみたが、実に不出来な ものだった)。それを境に「まだ大丈夫」という考えは消えた。自分という人間 に向き合い、NHKという放送局と向き合うことにした。いろんな人の意見を聞 くことにした。その年の終わりに二度目の模擬面接を行った。合格点には程遠い 出来だったが、先生や仲間から「良くなったね」と言っていただいた。素直に嬉 しかった。知っているつもりだった自分を改めて見つめ直し、知らない部分の多 かったNHKを知ろうとした結果がそれなりに出たのだ。別に内定したわけでは ないが、喜ばずにはいられなかった。 それから春までの間、先生の指導をしっかりと聞き、仲間と積極的に勉強をして 未完成のエントリーシートや面接、作文を完成に近づける努力をした。そしてそ の結果が先日出た。結局どれも「完成」と呼ぶには及ばないが、ある程度納得す るレベルには達したと思う。自分は優秀な人間ではないが、それなりに良い所も あるし、悪い所もあると思う。それらを全て受け入れ、相手に伝えることが大切 なのだろう。これは就職活動においてのみでなく、生活のあらゆる場面でも言え ることだ。 この迷文を読んで、「本当かよ。何か胡散臭い話だな」と疑った人、ここでサヨ ナラでなく、一度MSFに行ってみてほしい。私も初めこのHPを見た時、10 0%信じなかった類の人間だ。だが胡散臭いと思って素通りすることは果たして 正しい選択なのだろうか。怪しいと思ったら、実際に確認してみてはどうだろう か。その上で判断しても問題ないだろうし、むしろすっきりできる。 またこんなこと書いたら胡散臭いと思われるだろうが、私はMSFに通って大正 解だったと思う。最後に二言、みなさんありがとうございました。これからもよ ろしくお願いします。(大阪教室生) |
| メッセージ=NHK記者内定 Yさん 2005/6/8追加掲載 |
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「伝える仕事」がしたい。自分の中にその思いを発見したのは、中学生の頃だっ た。当時の日記に、「やりたいことがわかったかもしれない」と書きなぐったの を今も覚えている。 MSFを初めて受講したその日のことで、忘れられない記憶がある。懇談の時の ことだ。あいまいな知識でなんとか話をした後、何気なく「この問題って実際の ところどうなんでしょう」といったようなことを、先生に尋ねた。すると、「あ なたはどう思いますか?」と聞き返されたのだ。はっとした。自ら調べようとも せず、質問を連発する自分の安易さを突きつけられた気がした。 マスコミ受験は、まさに自分と向き合う作業だと思う。なぜ、マスコミなのか。 なぜ、新聞なのか。なぜテレビなのか。なぜその企業なのか。 なぜ、なぜ、なぜ。 自分を見つめ向き合うことは、本当に骨が折れる作業だ。考えている間中、ずっ と寄り目になっているような、自分のノド仏を見ようとするような…そんな息苦 しさがある。しかし、「なぜ」への答えに納得できていなければ、決して相手も 納得しないだろう。それは自分がマスコミ受験に限らず就職活動に共通すること だと思う。私が出版を「違う」と感じたように、もしマスコミを「違う」と感じ るのなら、胸を張ってほかの道を選んでいいはずだ。でも、「どうしても」とい う思いがあるなら、やってみる価値はきっとあると思う。マスコミの仕事は華や かな仕事でも、かっこいい仕事でもなく、「誰かがやらなければならない仕事」 だと私は思うのだ。どうしても、と思う人が就く仕事なのだと感じている。内定 した時、喜びと同時に、「内定はゴールではなく、スタート」であることを肌で 感じた気がした。 就職後のことを思う度に、自分の未熟さを思いプレッシャーも大きい。しかし、 MSFでの約1年を忘れず、仲間や自分に恥かしくない記者になっていきたいと 思う。MSFでは、ぜひ、「内定すること」ではなく、「内定した後、なにをし たいのか」について、悩み、考えてみてほしい。仲間とともに悩み、先生の言葉 に耳を傾ければ、きっと、自分にとっての最良の道が見つかることと思う。 (大阪教室生) |
| メッセージ=朝日新聞社関連会社編集職内定 Tさん 2005/6/8追加掲載 |
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「頑張れば、きっと手が届くと思いますよ」。 ある日、山田先生が私にかけて下さった言葉だ。以来ずっと、胸の中にしっかり と残っている。私にとって、その後、羅針盤の様な言葉となった。悩んだり、迷 ったりしても、最後にこの言葉を思い出して、「よし、やってみよう」という気 にさせていただいた。 MSFに入会したのは、社会人3年目を迎えようとする春だった。記者になりた いという目標を断ち切れず、二度目の就職活動を決めた。とはいえ、学生時代も 含めて得意分野を持っていない弱点は、大きく響く。その上、政治経済について も疎いのでは、致命的だと痛感した。だからこそ、講座で行われる懇談での皆の 意見を聞き漏らさない様に努めた。話の要点をまとめ、帰りの電車の中で思い返 す。まねることから始めた。私には何が足りないのだろうか、と考えるきっかけ にもなった。 同時に、自分の持ち味になり得ることは何だろうと、意識して生活するように努 めた。また、講義での話をヒントに、例えば、どのような人物(記者)なら、人 は話しやすいと感じるかを想像し、少しでも近づけるようイメージトレーニング をした。 恥ずかしい話ではあるが、意識した心がけと目標とが重なり合うと、強い気持ち になっていく。くじけないことも大切だけれど、もしもくじけそうになった時、 踏ん張れる力を養っておくことも同じくらい大切なのではないだろうか。 最後に、この場をお借りして、山田先生をはじめ、MSFで出会った皆さん、支 えてくれた友人、応援してくれた家族にありがとうございますと申し上げたいと 思います。(大阪教室生) |
| メッセージ=毎日新聞社記者内定 Tさん 2004/12/27追加掲載 |
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MSFでは恥ずかしい思いを幾度となくした。 私はいまだに初めての「懇談」の時間に何を話したかを覚えいる。他のメンバー の話を聞きながら、つまらないことしか言えなかったなと思ったからだ。面接練 習や互いの作文を評価し合うときも自分自身の至らなさを痛感した。 私は、特に模擬面接と、そのためにエントリーシートを書き上げることが嫌だっ た。模擬面接の最中は自分自身のマイナスの部分とエントリーシートの不出来を あぶり出されている気がした。作文を皆の前で読まれるのも似たようなもので、 自分が丸裸にされたような気分だった。 しかし、嫌だからといってそれを避けたわけではない。模擬面接の順番は毎回、 希望者でじゃんけんをして決めていた。避けていては自分の目標とする所に到達 できないこと皆が知っていたからだろう。私も立派な記者になりたいという思い があった。そのために何が足りないのか。恥ずかしい思いをすれば、それが分か った。 「自分をさらけ出すこと」はMSFの指導で重視されることの一つだ。しかし、 これがなかなか難しい。さらけ出すことに対する羞恥心はもちろん、何より自分 自身がどんな人間かがよく分からない。私は一つの問題に固執し過ぎて、自分の 関心を客観的に捉えられなかったという失敗もした。 MSFのメンバーは、皆が皆、「自分をさらけ出す」ことに一生懸命になってい る。自分自身を必死で探しそれをさらし出すこと。他のメンバーがさらけ出した ことについて、自分の感じたことを言うこと。共に考えること。そして、自分に 足りないことを知り、それを手に入れること。これらを講座や勉強会で繰り返す ことがMSFでの学習の核であると思う。 自分をさらけ出し、それについて先生やメンバーがくれる助言はとても有難いも のだ。上記した失敗から私を救ってくれたのもこのような助言だったし、これか ら記者として働く上で、胸に刻んでおきたい言葉がいくつもある。 最後にMSFで1年間勉強した者として言いたい。是非MSFで自分をさらけ出 し恥ずかしい思いをしてみて欲しい。必ず自分を成長させ、夢を実現させること ができるはずだ。頑張ってください。(札幌教室生) |
| メッセージ=繊研新聞社内定 Hさん 2004/11/2追加掲載 |
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MSFに通って間もなく1年だ。この期間、本当にいろいろな思い出ができた。 思い出だけではなく、成長もできたと思う。 春のマスコミ試験が全敗で落ち込んでいた私。それどころか一般企業からも見放 され、講座の帰り道、偶然一緒になった先生に尋ねてみた。「なんで内定もらえ ないんですかね、俺って」。先生のそのときの答えが、転機だった。 その答えは今までの私なら落ち込むか、突っ張るかの選択しかなかっただろう。 先生の答えにショックは受けつつも、真剣に自分と向き合った。 今でも不思議なのではあるが、その後複数社から内定を得た。勤務条件も悪くな く、興味のもてる会社が是非来てくれと言ってくれた。しかし、諦めきれない新 聞社への思い。そして、たどり着いたのが内定先の新聞社だ。内定の一報を聞い た時、田舎の母ちゃんと山田先生に早く伝えたいと喜んだ私の姿を今でも思い返 す。 運が味方したのも事実だ。しかし、運が味方するだけの努力はしてきたつもりだ 。「マスコミに受かることは難しくない」。全国紙全敗の私が言うのも変だが、 最近、少しずつ分かってきた気がする。 私はこの1年、謙虚さや考え続ける大切さを学べたと思う。多くの人にMSFに 通って欲しい。しかし、MSFで学ぶ=マスコミ内定というほど単純ではない。 実際、途中で断念した人も私は見てきた。講座は「きっかけ」作りだということ を忘れず、努力を続ければ夢が叶う場=MSFであることは断言したい。先生か らいただいた答えは、ここでは書かない。あなたが迷った時、講座で先生に尋ね ると良い。先生があなたをしっかり見ていたことに気付き、驚くと思う。 (大阪教室生) |
| メッセージ=信濃毎日新聞社記者職内定 Mさん 2004/7/20追加掲載 |
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「その考え方は現実的には難しいかもしれませんが、あなたのその真っすぐな志 はこれからも貫いてください」。最終面接に向かう前に山田先生から頂いた言葉 だ。十二月に入塾した私は、以前から受講を続けていたメンバーの真剣な姿勢と 実力に圧倒された。みんなの気迫に比べ、自分の就職活動に対するやる気のなさ は歴然としていた。次第に、仲間との自主ゼミへの欠席が増えた。また、大学で の研究が忙しさを増したこともあり、講義自体への欠席も多くなっていった。 そんな私に改めてやる気を与えてくれたのは、山田先生の存在とMSFの仲間た ちであった。山田先生は、受講生の一人一人の性格に応じ、その日の受講生の様 子を見ながら時に優しく、そして厳しく接してくれた。落ち込んでいる時に、絶 妙なタイミングで励ましの言葉を頂いたことは忘れない。また、MSFの仲間た ちも私に声をかけてくれた。既に内定を得ているにも関わらず、自らの時間を犠 牲にして面接練習に付き合ってくれたK君やMさんには大変お世話になった。 山田先生とMSFの仲間と接する中で、私の志望動機は次第にはっきりしていっ た。「農林業、農山村の持っている魅力、抱えている問題を発信していきたい。 そして、農山村の活性化を通じて信州を元気づけたい」。第一次産業が低迷を続 ける中で、この思いは理想かもしれない。しかし、山田先生の「志を貫いてくだ さい」という言葉が、私を勇気づけた。そして、臆することなく面接にも臨むこ とができた。内定を頂いた今、山田先生とMSFの仲間に心から「ありがとう」 を言いたい。 私は、これからも真のマスコミ人になるため、MSFで学んできた社会に対する 視点を研ぎ澄ましていきたい。そして、他者を思いやり、他者の生活を理解し、 共感する優しさを持ちながら、謙虚に勉強していきたい。(札幌教室生) |
| メッセージ=神奈川新聞社編集職内定 Mさん 2004/7/13追加掲載 |
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「あきらめなくて、よかった」。内定をもらった時、この思いと嬉しさで涙が出 た。私の就職活動は二年前の五月、マスコミ・スタディ・フォーラムに入会する ところから始まった。 「アナウンサーになりたい」という気持ちでMSFに入ったが、授業を重ねる度 にそれは少しずつ変わっていった。なぜ私はアナウンサーになりたいのか。自分 はどういうことをやりたいのか。考えれば考えるほど分からなくなり、迷い悩む ことの連続だった。それは苦しいことでもあったが、自分の思いを深く強く感じ られる機会にもなった。自分自身の中でもはっきりとした意志を見つけられず、 どこかに迷いを感じながらの一年目の就職活動はうまくいかなかった。憧ればか りが膨らみ、自分が働くということをあまり意識できずにいたのだ。「マスコミ 人として社会人としてどの様に生きていきたいのか」ではなく、「内定をもらう ためには、どうしたらいいのか」。いつの間にか私は、そんな風に考える様にな ってしまっていた。 山田先生は、何度もおっしゃった。「内定をもらうことが目的なのではなく、真 のマスコミ人を育てるのがMSFなのだ」と。その言葉の重さを、私は失敗して 改めて強く感じることができた。そして、もう一度挑戦して必ず次は悔し涙では なく、嬉し涙を流すと決意し、二年目の就職活動に臨んだ。なぜ私は志望するの か。なぜそう思うのか。原点に戻り、考え続けた。MSFの授業、MSFの友達 との勉強会、山田先生の志望書・論作文の添削指導。二年目の就職活動も悩むこ とばかりだったが、山田先生をはじめとするMSFの先生方や、一緒に勉強した MSFの仲間に何度も支え励まされた。 一人では決してできなかった。今年、嬉し涙を流すこともできなかっただろう。 MSFで学んだことを胸に刻み、これからも初心を忘れずに挑戦していきたい。 (東京教室生) |
| メッセージ=時事通信社記者内定 Sさん 2004/7/13追加掲載 |
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「記者を目指せよ」。大学三年の七月、進路選択に悩み、高校時代の恩師に相談 した際言われた。記者という職業からは、”現場””社会との幅広い関わり”、 そうしたイメージが思い浮かんだ。大学時代、男女の金によって成り立つ関係に 興味を持ち、水商売でアルバイトをする等した自分を振り返ると、妙にしっくり とくる職業に思えた。 記者を目指すならば、塾という場で常に自分を刺激させていたい、そう思いMS Fに入塾した。そこで早速第一の壁にぶつかった。エントリーシートを練習で書 く際、やりたい仕事が思いつかないのだ。何でもやりたい、そう思ったが、それ では人に与える印象が薄いことに周りの塾仲間によって気付かされた。 例えば環境に興味を持ち、ゴミ処理場に足を運んだ体験を語る姿からは、その人 の明確な人物像を描くことができた。そこで、今までの人生を振り返り、そこで の印象深い体験からやりたいことを導き出そうとした。結果、私は祖母から大き な影響を受けたことに気付いた。 私が大学一年の時、祖父を亡くすもその後すぐに祖父の業績を残すための自費出 版をした祖母。祖母の様に懸命に生きる人の姿、思いを伝えたいと思い、社会部 を希望する様になった。だが、ここで第二の壁が待っていた。その壁とは、記者 の仕事に対する理解不足だった。面接で、社会部に対する考えを述べても不満足 そうな面接官の様子から気付いたのだ。 私は、自己分析ばかりに集中し、社会部記者の仕事を勉強することを怠っていた のだ。その反省から、全国紙全滅の後、ジャーナリズムに関する本を何冊も読ん だ。気になるニュースがあれば現場に行き、社会部記者として何ができるか想像 した。今回の結果は、この”勉強”がなければ絶対に出せなかった。 同時に、先生の励ましの言葉、塾仲間の高い意識がなければこの勉強も中途半端 に終わっていた。改めて感謝したい。(東京教室生) |
| メッセージ=北海道新聞社記者内定 Kさん 2004/7/13追加掲載 |
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「記者は会社を辞めても、ジャーナリストだよ」。昨年の新聞社の就職試験が全 滅に終わり、今後の進路相談に行った時、山田先生は私にそう言った。内定して いた民間企業に就職しようか、就職浪人をしてもう一度新聞記者を目指すか、優 柔不断な性格もあり、私は悩んでいた。だが、先生のその一言で、「もう一回挑 戦しよう」と決めた。こうして私のMSF二年目が始まった。 一年目の試験に失敗した最大の原因は、志望動機が定まっていないことだった。 記者として何をしたいのか、はっきりしていなかったのだ。志望理由が明確でな ければ、筆記試験の勉強も進まない。そこで、なぜ記者を目指しているのか詰め る必要があった。その際活用したのは、勉強会だ。同じ目標を持っているからこ そ、厳しく指摘しあったり、励ましあうことができたと思う。年が明け、4月下 旬、仲間が次々と結果を出していくのに対し、私は思うように結果を出せずにい た。そんな時、仲間は温かい言葉をかけてくれ、また忙しい中、面接練習に付き 合ってくれた。そして、私に内定が出た時、自分のことの様に喜んでくれたのが 嬉しかった。 MSFに入会当初の大学三年の秋、私の面接内容や作文は目を覆わんばかりだっ た。周囲の講座生はみな目標が明確で、発言内容もしっかりしていた。自分が場 違いな存在に思え、教室から逃げ出したいという衝動に駆られたことさえ何度も ある。だが、そんな私でもMSFという場で、先生の愛情に裏打ちされた厳しい 指導を受け、そして同じ目標を持った仲間と共に努力することで、内定を得るこ とができた。憧れが現実となるのだが、これからも前向きに歩んでいきたいと思 う。 最後に、欠点ばかりの私を指導して下さった先生にお礼を言いたいと思います。 「どうも、ありがとうございました」。(札幌教室生) |
| メッセージ=北海道新聞社記者内定 Nさん 2004/7/13追加掲載 |
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道新記者職に内定した。私が新聞記者になることになろうとは、一年前の私には 想像できなかった。なぜなら、私はアナウンサーにどうしてもなりたくてMSF へ入会したからだ。私はあるアナウンサーにとても憧れていた。 しかし、アナウンサー受験にはことごとく敗退。志望書も納得いくようには書け ず、体調を崩し講座を休んだ際、先生にメールをしたところ、次のようなお返事 を頂いた。 「マスコミの仕事は自分のためにするものではないということです。確かに就職 だから自分のためなのでしょうが、それは差し置いても、他人のために仕事をし たいと考えてください。昨日お返ししようと思っていた志望書には、自分のこと より視聴者のため、といった趣旨のようなことが書かれていましたよ。私はこう した思いを純粋に抱き続けるような人にマスコミの道に進んで欲しいと思ってい ます。だから、憧れのレベルでは、駄目です」。 とても衝撃を受けた。 アナウンサーは私にとって憧れだったからだ。その後、偶然テレビの生中継現場 を見た。道内のある町の郷土料理等を紹介している。町のおばあちゃん達はとて も嬉しそうな顔をしていた。今まで培ってきたものをテレビで紹介されるという ことは人生にとってドラマだと思う。そのとき気付いた。ああ、私はこういうこ とがしたかったのだと。様々な地域での活力を伝えていくことで北海道に元気を もたらしたいと。 私の夢は道新の記者としても叶えることができると信じている。これから新聞記 者として力一杯頑張っていきたい。MSFでは、真のマスコミ人としての視点を 教えてくれる。自分がマスコミで働く上で、社会のために何ができるかを常に考 えさせられた。憧れだけではマスコミには入れない。 しかし、真剣に社会を考えられる心を養えられればその道は必ず開けると思う。 私がこの合格体験記を書いていることを今、心から嬉しく思います。ありがとう ございました。(札幌教室生) |
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マスコミ・スタディ・フォーラム 最新の合格体験記(メーン講座生のみ閲覧できます) |
| マスコミ・スタディ・フォーラム 過去(08年冬〜09年冬)の合格体験記 |
| マスコミ・スタディ・フォーラム 過去(06年秋〜07年秋)の合格体験記 |
| マスコミ・スタディ・フォーラム 過去(05年秋〜06年秋)の合格体験記 |
| マスコミ・スタディ・フォーラム 過去(04年夏〜05年夏)の合格体験記 |
| マスコミ・スタディ・フォーラム 過去(03年冬〜04年春)の合格体験記 |
| マスコミ・スタディ・フォーラム 過去(01年春〜02年秋)の合格体験記 |
| マスコミ・スタディ・フォーラム 過去(01年春より以前)の合格体験記 |
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◎東京、札幌の通学クラスのほか、各社別通信指導での対策講座もあります。 新聞、マスコミ全般の論作文対策は論作文・Eメール指導教室各コースの受講をどうぞ。 テレビ、出版などのES対策にはEメール・エントリーシート添削講座をお勧めします。 |
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※禁・無断転載。あるマスコミ予備校パンフレット(合格体験談)で、新聞社 内定という方が本欄の文章を抜き書きした文章を執筆していることを確認しま した。想定していないことであり大変悲しい思いでおります。本欄の文章は全 て当塾生が未来の仲間に向けて、善意でお書きくださっているものです(恥ず かしい話ですが、MSFから謝礼などのお支払いもしていません)。みなさま のご理解をどうぞよろしくお願いいたします。※ |