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マスコミ各社内定者、アナウンサー内定者からのメッセージ 誤字脱字を除き、ほぼ原文のまま掲載しています |
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受講生による合格体験記を掲載しました(2001/5/24以降随時更新)。 いずれも当塾在籍時に、こうしたメッセージを羅針盤として活用した先輩がお書き下さっ たものです。受講の参考に、あるいは、受験に挫けそうな時に、再度お読み下さい。 次はあなたにメッセージのご依頼をさせて下さい。(MSF出身で各社内定の方へ)大変 失礼ながらご依頼の漏れはご容赦願います。執筆をお願いできる場合、お知らせ下さい。 |
| メッセージ=中日新聞社記者内定 Oさん 2010/7/5追加掲載 |
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私は学生時代から記者を目指していました。大学1年からマスコミ等を目指す 自主ゼミに入り(といっても、本当に目指すようになったのは3年の頃からで す。)準備をしており、同期も本格的にマスコミ目指した仲間はほとんどマス コミに決まりましたので、「自分も大丈夫だ」と勘違いをしていました。社会 人になり、さらに自分の自信は過信だと痛感し、真っ白な状態でMSFの門を 叩きました。 自己流の間違ったやり方では何回試験を受けても通らないと思います。私は中 日新聞を現役の春秋、入社した直後の春、そして今回と、4回受けています。 マスコミに入社した同期や先輩、元記者の先生、知り合い等に色々とアドバイ スは頂いていましたが、言われることは人によってばらばらで、暗中模索状態 での受験の末、結果は惨敗でした。 先生は多くの受験生をマスコミに入社させています。試験に正解はありません が、コツはあると思います。自分の考えや、やり方もあると思いますが、本気 でマスコミに入るつもりなら一度素直に先生の助言を聞き入れることが、近道 だと思います。 最後に、MSFの授業を受けてきた中で良かったと思うのは「新聞とは」「記 者とは」ということを教えていただけたことだと思います。内定者を多く出す ということに力を入れるのではなく、良い人材を育て記者にして、マスコミ業 界、さらには社会を支えたいという信念を感じる授業で、私も先生の信念に非 常に感化されました。 まだ私は内定者ですが、恐らく新聞社という「会社」に勤める上で、忙しかっ たり、やりたいことができなかったり、と辛い思いをすることは非常に多いと 思います。良くも悪くも自分の記事が社会に影響を与え、現状を変えていく。 そんな重責な仕事だからこそ、どんなに苦しくてもやる価値があるし、やりが いもある。そう気づかせてくれたMSFでの授業は記者として働く上で最大の 財産になると思います。(札幌教室生) |
| メッセージ=NHK記者内定 Mさん 2010/6/19追加掲載 |
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「記者になりたい」−漠然な気持ちを抱いていたものの、何をすればよいか分 からなかった。 私が、就職活動に着手したのは3年の12月。サークルの関係もあり、周りの マスコミ志望者よりも遅いスタートとなった。急いで周りとの差を埋めなくて は。焦燥感に駆られながら毎日を送った。とりあえず、某有名マスコミ塾に通 い始めたが、先生の自慢話ばかりで、何も身に付いた気がしない。わずか2回 の講義で見切りをつけ、新たな塾を探した。そんな絶体絶命の窮地で見つけた のがMSFだ。冬も終わりに近づいた2月下旬のことだった。 講義の中で最も力になったと感じるのは、毎回最初に行われる新聞懇談だ。そ の日の紙面を片手に、生徒が気になった記事とそれに関する自分の見解を発表 し、先生の意見も聞く。一見、何気ない光景に思われがちだが、他者の意見は 大変興味深く、時事問題に対する理解を深めさせた。 ここだけの話、面接で「最近の〜に対してどう思う」と聞かれたとき、とっさ に懇談の場で出た意見を借用し、切り抜けたこともある。自分では気づけない 新たな視点を得ることで、知的好奇心を刺激され、それが自分の原動力になっ ていることを強く感じた。「新たな発見」は、マスコミを志望している人にと って、大きなパワーになりえるだろう。 講義内容はもちろんだが、生徒の質にも驚いた。先生の話を聞くことだけにと どまらず、生徒たちが能動的に動く姿があったからだ。マスコミに対する本気 度をひしひしと感じた。少人数のクラスのため、エントリーシートの添削や模 擬面接など先生が細かに指導してくれることも多い。しかし、それに満足する こともなく生徒たちだけで、何度も集まりを開いていた。自主性と探究心。こ れは、マスコミ人として重要な要素の一つだろう。残念ながら、私は入塾が遅 かったため、生徒間の活動に参加することはほとんどなかった。もし、参加で きていたなら、更に多くのことを学ぶことができたと思う。 最後になりますが、2月の下旬という大変遅い時期に入ったにもかかわらず、 丁寧なご指導をしてくださった山田先生には本当に感謝しています。同時に、 もっと早くからお世話になっておけばよかった・・・・と後悔もしています。 体験記をお読みになった皆さんには、できるだけ早く入塾されることをお勧め いたします。MSFには、それだけの魅力が詰まっています。(東京教室生) |
| メッセージ=NHK記者内定 Yさん 2010/5/11追加掲載 |
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大学二年生の冬から約一年半、MSFで学んできた。ビクビクしながらMSF の門を叩いたあの日のことを、今も鮮明に覚えている。一年半経った今も、や はり講座のある日は気持ちが引き締まり、緊張する。 山田先生の優しく、温かく、そして厳しいご指導と、刺激し合う仲間の存在に 背中を押されてきた。今年の春、希望の会社から内定をいただけたが、決して 満足していない。これから一年弱の間、MSFで学んできたと胸を張って言え る記者になるために、視聴者のための報道ができる真のジャーナリストになる ために、必死で学びたいと思っている。 常に上へ上へと目指す姿勢を、私はMSFで学んできたのだと思う。山田先生 や講座の仲間との出会いがなければ、内定はあり得なかった。本当に心からM SFに感謝している。言葉では決して伝えきれないほどの感謝だ。これから更 に学び、努力を重ねて、真のジャーナリストになることで恩返ししていきたい と考えている。 マスコミに入りたい、興味がある。けれど何から始めたらよいのかわらかない と思っている人は、勇気を出してMSFの一員になることをお薦めする。自信 がなくても、途中でくじけそうになっても、諦めない人を絶対に見捨てない場 所だと思う。山田先生の全力のご指導と、寝る間も惜しんで努力する仲間の姿 を見れば、簡単に諦めることはできなくなる。正直、全く自信のないところか ら始まった私も、次第に「絶対ジャーナリストになる」と強く思うようになっ ていった。 受験期間中は、緊張の連続だった。面接の前、不安でしかたなくなったときに は、山田先生からのメールやMSFのノートを繰り返し読んでいた。そこには 先生からの厳しいが的確な指導と、仲間からの支えになる熱い励ましが詰まっ ている。読んでいると何となく落ち着くことができた。 私が内定者からのメッセージを書く日が来ることなど、一年半前は想像もでき なかった。人が驚くような特技も、どこに行っても目立つような個性も持ち合 わせてはいない。講座で学んできた、小さなことの一つ一つの積み重ねなのだ と思う。 前にも述べたが、私はまだ努力し積み重ねていかなければならないと思ってい る。このメッセージを読み、一緒に学ぶ仲間が増えたら、とても嬉しく思う。 (東京教室生) |
| メッセージ=読売新聞社記者内定 Nさん 2009/12/1追加掲載 |
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「内定をとるだけではない、真のマスコミ人を育てる」。このMSFの理念に 今、深く共感する。春採用に失敗しマスコミ受験の塾を探していた私は、MS Fの入学と前後して「内定がとれる面接講座」とうたったあるマスコミ塾の講 座に参加したことがある。どの場所であれば最も効果的に勉強できるのか比べ たかったからだ(先生、今まで黙っていてごめんなさい)。 正直に書くと、当初私はMSFよりもこのマスコミ塾の授業に期待していた。 秋に向け気が焦っていた私にとって、分かりやすく「内定がとれる」とうたっ ているマスコミ塾の方が効果的に思えたからだ。しかし、その予想は大きく裏 切られることになる。 授業の充実度や、受講生の熱気、何より先生のお人柄や考え方、全てにおいて MSFが格段に上質だったのだ。ワインで例えるならロマネコンティとコンビ ニのワイン位の差はあった(と私は思う)。 私が参加したマスコミ塾の授業では、受講生は平気で一時間以上遅刻し、延々 と続く先生の過去の栄光話の横で携帯電話を打っている。MSFではあり得な い光景だ。MSFでは社会性の欠如した行為を先生は時に厳しく、時たま優し く注意して下さる。 内定をとる以前に社会に出ていくために最も必要な常識を身に付けることがで きるのはMSFであり、その方針は一瞬は遠回りに感じるかもしれないが、そ のステップをとび超えては決して社会人への切符=内定をとることはできない と思う。 学生気分の甘えた考えが抜け切らない私は幾度となくMSFで恥ずかしい思い をした。しかし、今こうして念願の記者職で内定をいただけたのは、MSFで 沢山恥ずかしい思いをして多くのことを学ばせていただいたからだと思う。い つも励まし支えてくれた教室のメンバー、事務局スタッフの方、そして山田先 生のお力に感謝し、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございま した。(東京教室生) |
| メッセージ=NHK記者内定 Oさん 2009/8/28追加掲載 |
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「予備校でテクニックを習得した受験生ほど面白くない者はない」という。ど こかのサイトに書いてあった。マスコミ受験本を出す出版社のサイトでは「受 験技術習得でない」というマスコミ就職のための講座が宣伝されている。この 出版社の副業なのだろうが、何と言おうともここも受かるためだけの講座には 違いあるまい。また、あるサイトでは、予備校に通いマスコミに内定したとい う者が「予備校には行かなくても良い」と書く(おいおい、受かった途端、予 備校評論家になるのが流儀というのか)。すべてマスコミ予備校批判だ。 私はそれを読み、これほどまでに言われる、恐れられているその予備校なるも のに俄然興味をもった。調べてみるとマスコミ予備校はいくつかあった。 正直言って、どこでも代わり映えしないように見えた。ともかく受かるのだそ うだ。うそ臭いが、どこのサイトにも書いてある。しかし、このマスコミ・ス タディ・フォーラムはかなり違った。まず、内定者を必要以上に拝み祭るよう な記述がない。たしかに受かった途端に「神様」になるわけはない。私も受か って理解できるが、受かる受からないのレベルは紙一重だ。 MSFは「単に受かる人よりも、真のマスコミ人を育てたい」という。なんだ ろう、これは。興味をもって、私がいま書いているこの体験記を一日かけて全 て読んだ。ものすごい量だ。一日かかったけれど、全て読んだ。何度も読み返 した文章もある。正直、単純に感動した。 受講の動機は人それぞれだろう。自分に何が必要なのかを考えて欲しい。 私がMSFに通ってわかったのは、冒頭のような批判はMSFには全く当ては まらなかった。どこの予備校の話なのかと思う。予備校もそれぞれなのだ。 この体験記で語られる山田先生だが、髭でもはやした初老の人物といったイメ ージか。それは違った。先生はまだお若い。実は会うまで怖かった。この体験 記を読み、怖くて怖くて仕方がなかった。すべてを見通すような冷徹なジャー ナリスト。そんなイメージをもったからだ。 しかし、短い受講期間だったが、思い出すのは、難しいジャーナリズムの話を 真摯に、時に笑いながらわかりやすく語ってくれるいつもニコニコした先生の 顔でしかない。そして、受講生の笑い声だ。 マスコミ予備校に行かない者は、テクニックを学ぶ予備校生を恐れるだろう。 しかし、真に恐れるべきは、このMSFの受講生だと気づくべきなのかもしれ ない。いや、気づくべきだ。(東京教室生、通信生) |
| メッセージ=読売新聞社 記者 内定 Mさん 2008/11/27追加掲載 |
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通信生として約一年お世話になり、このたび読売新聞社から一般記者職で内定 をいただきました。まずは、熱心にご指導くださいました山田先生、事務局の 皆さん、そして受講生の皆さんに感謝申し上げます。 昨年秋に入塾してからは月一回の合同クラス(スクーリング)になるべく出席 し、連休が取れれば上京して通学クラスにも参加させていただきました。 4年の社会人経験はあったものの、しばらくは他の受講生達の問題意識や発想 力、話の展開に圧倒されっぱなしでした。それでも講座を通し、社会をさまざ まな角度からみつめることは大変面白く、帰宅後は夜眠れなくなるほど。 その一方で、自己分析や論作文に取り組む中で自分と向き合い、自分をさらけ 出すことは、なんとも照れくさく、苦手でした。そのため、通常のメーン講座 だけでなく、年末年始や試験直前の集中講座に参加し、「書かざるをえない」 状況に自分を追い込みました。 自分のレベルの低さに自己嫌悪に陥りましたが、できないなりに取り組み続け たことも、少しずつ道を拓いていったのだと思います。そして、それを後押し してくれたのは、先生の的確なご指導と、「同志」ともいえる他の受講生たち の励ましでした。 講師の山田先生からは、記者としての作法やあり方など今後の礎になるであろ う多くを学びました。内定後、私は先生からある御指摘をいただいたことがあ ります。それは、放っておけばいつか記者としての致命傷になってしまうであ ろう、私の課題点についてです。内定はしたから「はい、さようなら」と放っ ておくこともできます。でも、山田先生は見過ごせなかったのでしょう。常々 「内定がゴールではない」と仰っているように私たちを「真のマスコミ人」に 育てようとしてくださっているのです。講座中も示唆に富んだメッセージを送 り、私たちをハッとさせます。時には自分の至らなさを思い知り、いたたまれ なくなることもありました。そのいたたまれなさは、今後記者としてどうある べきかを忘れないための道しるべになるでしょう。 物事の問題点や視点に(最初から)気づくこと。独自の視点をもって書いた記 事を通して読者に「気づき」をもたらすことも記者の役割のひとつであると、 先生は仰いました。今後は人の言動に「ハッとさせられるばかり」ではいけな いのです。 先生からご覧になったらまだまだ不安要素の多い生徒でしょう。こんな私にも 可能性を認めてくれた読売新聞と、読者、そして広く社会のため、初心を忘れ ずに精進していきます。 さて、このページをご覧の皆さんの中には、私と同じ社会人の方もいらっしゃ ることと思います。皆さん、勤務と受験との兼ね合いや勉強時間の確保など、 悩みどころも多いのではないでしょうか。疲れて、「もうこのままでもいいか もな」と思うこともあるでしょう。 たびたび上京して合同クラスに参加したり、有給休暇や半休をいただいて受験 できた分、私はまだラッキーだったのかもしれません。挫けそうな時は、皆さ んそれぞれの中にある「志望職種にならなくてはならない理由」や「10年後 20年後に社会で何をしていたいのか」を思い返して、粘り続けてください。 勉強時間の作り方は、いつもより2時間早く起きたり、スキマ時間を使うとい う方法もあります。 最後に、学生、既卒、社会人関係なく受験生は心身ともに苦しいと思います。 でも、今後マスコミ人として負う責任や負担に比べたら、まだ序の口なのだろ うと思います。どうか身体に気をつけて、自分に負けることなく頑張ってくだ さい。私も頑張ります。(メーン講座・通信生) |
| メッセージ=NHK 記者 内定 Hさん 2008/10/22追加掲載 |
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MSFのホームページに「準備ゼロからマスコミへは最低半年の準備が必要で す」とあります。内定をいただいて振り返ると、まさにその通りと感じていま す。 昨年10月に入会し、今年9月までの1年間が、私のマスコミ受験、内定には必 要でした。もちろん、中には準備なしで合格できる方、半年後の4月で終わら れる方もいらっしゃるでしょう。人それぞれ違いますし、いつ合格できるのか 不安になり、あきらめることもあるかもしれません。しかし、私がMSFに在 籍して感じたことは、つかみたいものがあるなら、あきらめずに1年間は続け てみるべきだということです。 4月の春の試験の失敗から8月に始まる秋の試験の間に、私が劇的に変わった ということはないと思います。もちろん、メーン講座のほかに、秋試験対策の ゼミも受講し、エントリーシートの検討を春よりも頻繁に行い、また、講座の 仲間とファミレスに集まり、作文などについて議論を重ねました。その結果、 記者になりたいと思う原点を見つけることができましたし、視点の幅が広がり ました。 合格点を上回る作文や一般常識、形式的な面接のイロハを身につけることに1 年がかかるわけではなく、先生がおっしゃった「夢だけではなく、必然的に自 分が記者になる必要があるか」を考えることや、「記者になるという明確な意 識を持つことに、半年から1年は少なくとも必要だった」と今は思います。 記者を志して就職活動を始めましたが、4月の段階でもなお、記者になるイメ ージは夢のようなものでした。ある新聞社の最終面接を受けご縁がなかった後 は、内定をいただいた他企業で働く姿が想像できてしまい、以後のマスコミ各 社の試験にも身が入らず、自分自身にも絶望していました。 そのような中、先生から「秋試験対策ゼミを受けないか」というメッセージを いただきました。講座の選択は自主性に任せるというのがMSF、先生の方針 です。それにも関わらず、お誘いをしてくださいました。私はすぐに、もう一 度正面から真剣に試験を受け、記者になろうと決意しました。 MSFは、これまでの自分の人生に向き合ってくれる先生や仲間がいる場所で した。感謝と、視聴者や国民のために働くのだという気持ちを忘れず、記者と して社会に貢献していきたいと思います。(東京教室生) |
| メッセージ=毎日新聞社 営業管理 内定 Sさん 2008/6/29追加掲載 |
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昨年の秋採用に落ちたとき、このまま就職活動をし続けるべきかどうか正直迷 いました。自分のために努力するより、別の形でも社会に貢献することはでき るはずだと考えたからです。私は焦っていました。 MSFの門を叩いたのは07年の1月のことです。マスコミで働くことは中学 生の頃からの夢であり、企画や制作の仕事がしたいと考えていました。3月に は2年間勤めていた会社を退職しましたが、春の採用試験では受かることがで きず、新聞社でアルバイトをしながらMSFに通いました。しかしアルバイト という立場は、それまで一切の責任を担って働いてきた私にとって、思うよう に仕事ができない苦しい環境でした。このままでは生産性がなさすぎる、もっ と仕事がしたい。会社を辞めるまでして諦められなかった夢を、私はまた手放 そうとしていました。そんなときでした。 「諦めたら一生後悔する」。きっと先生にとっては、何気ない一言だったので しょう。しかし、私をもう一度頑張る気にさせるには十分すぎるものでした。 先生がおっしゃるからこそ重みがあり、説得力がありました。以来、その言葉 が、ずっと心の支えとなりました。次の試験でだめだったら、きっぱり諦めよ う。その分、今度こそ本気で取り組む。これで私の腹は決まりました。そして まさに背水の陣で臨んだ今春の採用試験、私は内定をいただくことができたの です。 山田先生にご指導いただいた1年4ヶ月は、ひたすら自分自身と向き合った日 々でした。放送局でディレクターとして働くことが第一志望でしたが、どうし てなりたいのか、どんな仕事がしたいのかという根本的な部分がとても曖昧で した。模擬面接のときも、ありきたりな返答しかできない自分をもどかしく感 じていました。先生や、受講生に忌憚のないご意見をいただきながら何度もエ ントリーシートを書き直し、面接も繰り返し行っていただきました。そして最 終的には、どんなコンセプトでどんな内容の番組か、視聴者の年齢層や放送時 間帯まで具体的にすることができました。 先生の授業は直接回答を教えるのではなく、あくまでも答えを導き出すための ヒントを与えてくださるというものです。その形式が私にはとても合っていた のだと思います。決して楽ではありませんでしたが、自分で考え、調べて導き 出した分だけ説得力も増します。エントリーシートが完成に近づくと同時に自 分の夢も具体的になっていくことが嬉しくもありました。 論作文指導も、私にとって非常に有効でした。元々文章を書くことにはそれほ ど抵抗がなく、むしろ得意だとさえ思っていました。しかし、初めて書いた作 文の検討をしていただいたとき、文章を書くのが得意だということと、筆記試 験における論作文での「上手さ」は別だということに気づかされました。「論 作文も自己PRの場である」ということは、以来私の課題となりました。 MSFの講座の中で培ったことは数え切れません。しかし、何よりも私を支え てくれたのは、山田先生やMSFの存在そのものであり、一緒に学んだ受講生 のみなさんであったと思っています。試験に失敗し、一人不安になったときも 山田先生のもとで学んでいれば何とかなるという信頼、そして「あなたなら大 丈夫だよ」と言ってくれる仲間の言葉が、私の力の源でした。多くの身近な人 の助けがあったからこそ、ここまでこれたのだと感じます。 そして、内定をいただいた会社、つまり、私がアルバイトを始めた新聞社を知 るきっかけとなったのもMSFでした。MSFに入らなければ、今の私はあり ません。まさか自分が新聞社で働くことになろうとは思ってもみませんでした が、これも縁であり、私はここでやるべきことがあるのだと思います。 常に情報の最前線にいること、自分のアイデアを形にすること、そして、メデ ィアを通して子どもの成長に携わること。それが私の働く上での指針です。こ れだけはいつまでも揺るがず、持ち続けていたいと思っています。 マスコミの世界にそれぞれ飛び出していったかつての仲間たちと、いつかまた 今度は仕事の現場で会えると思うと、楽しみでなりません。(東京教室生) |
| メッセージ=毎日新聞社 記者 内定 Sさん 2008/6/13追加掲載 |
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次回健康診断の連絡を会社からいただいたのは、3次面接が終了した日の夕方 だった。結果を気にしないようにと、千葉県で遊んでいた。そろそろ連絡があ る頃かもしれない、そう思い携帯を見ると、着信の表示があった。過去の毎日 新聞社からの着信を確認し、私はその着信が毎日新聞社からのものであると確 信する。そして待つこと10分。ついに携帯が鳴る。少し緊張しながら携帯に 出ると、やはりそれは3次面接通過の連絡だった。 昨年の10月頃、私はマスコミ・スタディ・フォーラムへの入会を決心した。 その年の春と秋に行われた新聞社の入社試験に失敗し、このまま独学で記者を 目指すことに不安を感じていたからだ。面接と作文に問題があることを自覚し ていた私は、とにかく苦手な部分を強化しようと考えていた。その当時の私は とにかく試験に受かるにはどうすればいいのかということしか考えていなかっ た。しかし、実際に試験を通過する上で、本当に何が重要なことを受講日初日 に私は知ることになった。 先生が配布物を配る時のことだ。私は普段のように片手で受け取ったのだが、 その後、先生が両手で受け取るようにと注意してくださった。当時は、ただ礼 儀を教えてくださっただけと思っていた。しかし、こうした些細なことは、実 はジャーナリストに必要なものだった。相手を敬うことで相手の気持ちを理解 しようと努力することができ、そのことが、他人のことを書く人間、ジャーナ リストに必要なのではないだろうか。受講していく中で、先生の相手を敬う態 度を見て、私はそのように考えることができるようになっていった。 他にも先生、そして他の受講生達に教えられたことは多々あるが、特に役立っ たと思うのは、講座で行われる「懇談」の時間と雑誌「S」の購読を先生から 勧められたことである。 「懇談」においては、自分の考えを整理・発展させることができた。そして、 仲間の発言を聞くことで、物事を多様に見ることができるようになったのでは ないかと思う。また、「S」では自分の考えを補完することができ、新たな考 えを得ることができたので、志望書を作成したり、論作文を書く上で非常に役 立ったと思っている。 本当にジャーナリストと呼ばれるような仕事ができるかはまだわからない。し かし、志望書に書いた「政治的に弱い人々の声を伝える」ということを忘れな いようにしていこうと強く思っている。そうでなければ、新聞記者になった意 味がない。(東京教室生) |
| メッセージ=朝日新聞社ほか内定 Iさん 2008/1/4追加掲載 |
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MSFに通うこと一年、念願の記者職内定をいただくことができました。これ も常に真剣に、率直にアドバイスをくださった先生をはじめ受講生の皆さんが いたからこそだと思っています。本当にありがとうございました。 記者になると決めたのは高校生の時です。それ以来、大学での勉強や留学、国 際会議参加、NGO活動など、最終目標につながるよう、また記者として関わ りたい分野に強くなれるよう、学生生活を過ごしてきました。おそらく多くの マスコミ受験生がそうであるように、絶対記者職以外は考えられないと思って いました。 そんな中、MSFの存在を知り、体験談や山田先生の方針を読むうちに、ここ でなら受験テクニックではなく、記者として必要なことを学びながら準備がで きると確信し、入塾を決めました。MSFの授業はそんな私の期待にこたえて くれました。先生の話からは記者としての倫理観や心構えを学び、作文では文 章力、面接クリニックでは表現力を養うことができました。 中でも授業で一番好きだったのは新聞の「懇談」です。受講生や先生のニュー スの見方、気づきから毎回新しい発見がありました。また、自分も「懇談」の 度に新聞やニュースを深く読み込み、問題について調べて準備をして臨みまし た。普段人前で話すのは苦手だったのですが、いかに相手に分かりやすく伝え るかという訓練にもなりました。 授業では正直なところ、何度恥じをかいたか分かりません。稚拙な作文、志望 書、自分の知識の乏しさや視点の狭さに落ち込むこともありました。しかし、 授業で恥をかき、周りの率直な意見、批評、アドバイスをいただくことができ たからこそ、独りよがりにならず、本番でも結果が出せたのだと思います。 MSFでは数え切れないくらい多くのことを学びましたが、最も心に強く残っ ている先生の言葉が二つあります。それは内定が最終目標ではないこと。そし て記者とは自己実現をするための職業ではないことです。当たり前のこととい えば当たり前のことですが、新聞社受験が迫るにつれ、受かりたいという思い が強くなればなるほど自分の大きな目標を見失いがちになってしまいました。 私は、実は春にも新聞社と通信社を受けましたがほとんど結果が出ませんでし た。試験の前には、他のことより新聞社受験を優先して、勉強に時間を費やし ていました。今まで行っていたNGOの活動や自分の興味の分野、人と会う時 間はなるべく削減していたのです。しかし最終的な目標を考えれば、勉強も必 要ですがそれだけではなく、人と会うこと、様々な場所へ行って自分の目で確 かめ、問題点を発見することのほうがはるかに重要で有意義なことだと感じる ようになりました。 秋受験に向け自分の好きなこと、新しい経験をすることも続けました。そして 自己実現ではなくて自分はどうして新聞記者になる必要があるのか、常に心に 留め、面接でも率直な思いを伝えるように努めました。すると春とは違い、全 ての面接後には達成感、満足感を感じることができたのです。内定をいただい たこれからがスタートです。MSFで学んだことや初心を忘れずに自己実現の ためではなく、社会に貢献できる記者になりたいと思います。(東京教室生) |
| メッセージ=河北新報社内定 Mさん 2008/1/4追加掲載 |
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私は大学を一年留年し、就職浪人をした。一年目は独学での勉強だった。 だが、試験はほとんど一次面接で敗退。大学4年一年目の秋、これではもう一 年受験しても受からないと思い、MSFに入会した。 MSFの授業を初めて受講した日のことはよく覚えている。開始後すぐ、私は 先生に指摘をいただいたからだ。授業は毎回漢字テストから始まる。先生から 手渡されたテスト用紙を私は片方で受け取った。当時の私にとっては何気ない 行為だった。だが、先生は注意をしてくれた。大学に入って以来、指導を受け ることが少なくなっていた私にとって、その一言が有り難かった。 MSFは、ただ受験対策だけするのではなく、社会人として大切なことを教え てくれる場所だと思う。授業では、毎回自分の不甲斐無さに対して憤りを感じ ていた。懇談や面接クリニックでは考えの浅さを実感させられた。作文の時間 では、仲間が私の作文を読んでくれている間、何度も耳をふさいだ。自分自身 に何度も悔しさを覚えたが、その悔しさがあったからこそ、模擬面接や作文の 推敲に臨んでいったのだと思う。 先生は、授業でよく記者の素晴らしさ、社会的な意義をさまざまな資料から絶 妙なタイミングで話して下さった。自分の考えがまとまらず、悩んでいる時、 春試験で志望する会社に落ち、落胆している時など。私は先生のその話に勇気 付けられ、より一層記者への志望を強くした。入塾時より現在の方が記者にな りたいという思いが強いことだけは、自信を持って言える。その思い以上にM SFで得た一番の財産は、共に勉強した仲間だ。ファミリーレストランやファ ーストフード店で懇談を行い、志望書を推敲した。 どのメンバーも私の志望書に対して真剣に検討し、助言をくれた。そして、合 格を祝ってくれた。本当に有り難い。私は結局、現在もこの合格体験記を書け るほど誇れるような実力は何もない。内定後に先生からいただいたメールの内 容のように、これからが本当であり、今まで以上に自分を磨いていかなければ ならない。だからこそ、今は嬉しいという気持ちよりも、気の引き締まる思い と不安が頭をよぎっている。 私は、記者として記事を書くことで社会をより良くしたい。この一念で受験を してきた。この目標は一朝一夕では達成できない。叶えられるかは、これから の自分次第だ。お世話になった先生、事務局の方、そしてメンバーに恩返しを する意味でも、初心を忘れずに生涯精進していきたい。最後に、先生をはじめ MSFで出会った全ての方に心からの感謝を伝えたい。ありがとうございまし た。(東京教室生) |
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※禁・無断転載。あるマスコミ予備校パンフレット(合格体験談)で、新聞社 内定という方が本欄の文章を抜き書きした文章を執筆していることを確認しま した。想定していないことであり大変悲しい思いでおります。本欄の文章は全 て当塾生が未来の仲間に向けて、善意でお書きくださっているものです(恥ず かしい話ですが、MSFから謝礼などのお支払いもしていません)。みなさま のご理解をどうぞよろしくお願いいたします。※ |