マスコミ内定者、アナウンサー内定者からのメッセージ
誤字脱字を除き、ほぼ原文のまま掲載しています
受講生による主な合格体験記を公開しております(2001/5/24以降随時更新)。
いずれも当塾在籍時に、こうしたメッセージを羅針盤として活用した先輩がお書き下さっ
たものです。受講の参考に、あるいは、受験に挫けそうな時に、再度お読み下さい。
次はあなたにメッセージのご依頼をさせて下さい。(MSF出身で各社内定の方へ)大変
失礼ながらご依頼の漏れはご容赦願います。執筆をお願いできる場合、お知らせ下さい。

メッセージ=読売新聞社記者内定 Nさん 2009/12/1追加掲載
「内定をとるだけではない、真のマスコミ人を育てる」。このMSFの理念に
今、深く共感する。春採用に失敗しマスコミ受験の塾を探していた私は、MS
Fの入学と前後して「内定がとれる面接講座」とうたったあるマスコミ塾の講
座に参加したことがある。どの場所であれば最も効果的に勉強できるのか比べ
たかったからだ(先生、今まで黙っていてごめんなさい)。
正直に書くと、当初私はMSFよりもこのマスコミ塾の授業に期待していた。
秋に向け気が焦っていた私にとって、分かりやすく「内定がとれる」とうたっ
ているマスコミ塾の方が効果的に思えたからだ。しかし、その予想は大きく裏
切られることになる。
授業の充実度や、受講生の熱気、何より先生のお人柄や考え方、全てにおいて
MSFが格段に上質だったのだ。ワインで例えるならロマネコンティとコンビ
ニのワイン位の差はあった(と私は思う)。
私が参加したマスコミ塾の授業では、受講生は平気で一時間以上遅刻し、延々
と続く先生の過去の栄光話の横で携帯電話を打っている。MSFではあり得な
い光景だ。MSFでは社会性の欠如した行為を先生は時に厳しく、時たま優し
く注意して下さる。
内定をとる以前に社会に出ていくために最も必要な常識を身に付けることがで
きるのはMSFであり、その方針は一瞬は遠回りに感じるかもしれないが、そ
のステップをとび超えては決して社会人への切符=内定をとることはできない
と思う。
学生気分の甘えた考えが抜け切らない私は幾度となくMSFで恥ずかしい思い
をした。しかし、今こうして念願の記者職で内定をいただけたのは、MSFで
沢山恥ずかしい思いをして多くのことを学ばせていただいたからだと思う。い
つも励まし支えてくれた教室のメンバー、事務局スタッフの方、そして山田先
生のお力に感謝し、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございま
した。(東京教室生)

メッセージ=NHK記者内定 Oさん 2009/8/28追加掲載
「予備校でテクニックを習得した受験生ほど面白くない者はない」という。ど
こかのサイトに書いてあった。マスコミ受験本を出す出版社のサイトでは「受
験技術習得でない」というマスコミ就職のための講座が宣伝されている。この
出版社の副業なのだろうが、何と言おうともここも受かるためだけの講座には
違いあるまい。また、あるサイトでは、予備校に通いマスコミに内定したとい
う者が「予備校には行かなくても良い」と書く(おいおい、受かった途端、予
備校評論家になるのが流儀というのか)。すべてマスコミ予備校批判だ。
私はそれを読み、これほどまでに言われる、恐れられているその予備校なるも
のに俄然興味をもった。調べてみるとマスコミ予備校はいくつかあった。
正直言って、どこでも代わり映えしないように見えた。ともかく受かるのだそ
うだ。うそ臭いが、どこのサイトにも書いてある。しかし、このマスコミ・ス
タディ・フォーラムはかなり違った。まず、内定者を必要以上に拝み祭るよう
な記述がない。たしかに受かった途端に「神様」になるわけはない。私も受か
って理解できるが、受かる受からないのレベルは紙一重だ。
MSFは「単に受かる人よりも、真のマスコミ人を育てたい」という。なんだ
ろう、これは。興味をもって、私がいま書いているこの体験記を一日かけて全
て読んだ。ものすごい量だ。一日かかったけれど、全て読んだ。何度も読み返
した文章もある。正直、単純に感動した。
受講の動機は人それぞれだろう。自分に何が必要なのかを考えて欲しい。
私がMSFに通ってわかったのは、冒頭のような批判はMSFには全く当ては
まらなかった。どこの予備校の話なのかと思う。予備校もそれぞれなのだ。
この体験記で語られる山田先生だが、髭でもはやした初老の人物といったイメ
ージか。それは違った。先生はまだお若い。実は会うまで怖かった。この体験
記を読み、怖くて怖くて仕方がなかった。すべてを見通すような冷徹なジャー
ナリスト。そんなイメージをもったからだ。
しかし、短い受講期間だったが、思い出すのは、難しいジャーナリズムの話を
真摯に、時に笑いながらわかりやすく語ってくれるいつもニコニコした先生の
顔でしかない。そして、受講生の笑い声だ。
マスコミ予備校に行かない者は、テクニックを学ぶ予備校生を恐れるだろう。
しかし、真に恐れるべきは、このMSFの受講生だと気づくべきなのかもしれ
ない。いや、気づくべきだ。(東京教室生、通信生)

メッセージ=朝日新聞社記者内定 Oさん 2003/6/6追加掲載
「マスコミ就職のために塾に行くなんて」。
私も最初はそう思っていた。私がMSFへ入会を決めたのは、「後悔したくな
い」という気持ちからだ。入社試験に失敗した後で「行っておけば良かった」
というのはどうしても嫌だった。それに、三年生になるまでアルバイト漬けの
生活をしてきた私は、社会の動きさえろくにつかめていないことに危機感をも
っていた。
MSFに通ってよかったと思うことを三つ、挙げたい。
一つは、「面接試験が余裕になってしまう」こと。MSFでの模擬面接の方が
私には怖かった。本番の面接が易しく(優しく?)感じたほどだ。
二つ目は、「一緒に頑張れる仲間に出会える」こと。やる気の出ない時に励ま
しあったり、作文やエントリーシートを見せ合ったりした。
そして三つ目は、「元新聞記者である山田先生と近い距離で話ができる」こと
でジャーナリズム的な感覚というのが少し(私の場合は本当に少しかも)分か
ってきたこと。授業中の雑談や休憩中に、最近の事件などについて話をしてい
て「もっとこんな視点もあるんじゃないか」という先生の一言に、はっとする
ことが多かった。そんな小さな一言が積み重なって、自分で新聞を読んで考え
る時にも、いろいろな視点から考えられるようになった(かもしれない)と思
う。これが、一番の収穫だ。
MSFは入社試験でももちろん役立ったとは思うけれど、本当に生きてくるの
は記者として仕事をするようになってからかもしれない。その時また改めて先
生とMSFに大きな感謝の気持ちを抱くのではないかと思っている。
「内定自体は難しいことではない。内定は単なるスタートだ」という先生の言
葉が今はとてもよく分かる。これからますます頑張らなければと思う。まずは
スタート地点に向け、これを読む皆さんも頑張ってください。(大阪教室生)

メッセージ=朝日新聞社内定 Oさん 2007/10/16追加掲載
朝日新聞社から内々定の連絡を受けた翌日、私は手続きのために築地の東京本
社に出向いた。まだ容赦ない9月の空に見上げた社屋は、面接で幾度か訪れた
ときよりもはるかに重厚なイメージを私に抱かせた。緊張と興奮。MSFでは
記者として働くための準備を十分にしてきたつもりだった。しかし、実際にス
タートラインに立つと、ジャーナリズムの世界で本当にやっていく自信がある
かどうか、再度自分に問いかけたい衝動に駆られた。答えはもちろんイエスだ
が、武者震いがした。
私がMSFの門を叩いたのは、5月の連休明けだったと思う。「受かるためだ
けの勉強をしない」という塾の姿勢が気に入って入塾を決めた。また、春の失
敗を省みて、私はジャーナリズムの世界についてもっと知らねば、と考えてい
た。狙いが明確だったからこそ、私が在籍した4ヶ月間はとても充実した時間
になった。
山田先生は理想的なジャーナリストであるとともに、実に誠実な人間である。
先生の期待を裏切るようなことは絶対にしてはならないと思わせる不思議な魅
力が備わっていた。漢字テストの成績が悪いとき、提出した課題に欠陥があっ
たとき、懇談で生ぬるい指摘をしたとき、選考の過程で弱音を吐いたとき、先
生は私を厳しく叱ってくれた。当たり前のことができない人間が、記者として
、社会人としてやっていけるはずがない。そのたびに私は本気になれたし、先
生もそれに応えてくれた。
また、講座の仲間にも恵まれた。エントリーシートの添削や模擬面接では忌憚
なく適切な指摘をしてもらい、講座外の勉強会でもお互いの意見をぶつけ合っ
た。本気の仲間とともに過ごせた時間は私の大きな財産である。
MSFに通い始めてから、授業のある曜日を中心に毎日が展開した。新聞を読
み、漢字を練習し、エントリーシートを書き直し、先生に薦められた本を読み
漁ったりして、非常に濃密な時間が流れた。大学の友人のほとんどが就職先を
得て遊びほうけていたが、私には焦りや後ろめたさなどなく、むしろジャーナ
リズムの世界にのめり込んで行くことに夢中だった。秋の採用試験はまさに背
水の陣だが、MSFで得た知識や経験に加え、先生や仲間の存在がいつでも私
を勇気付けてくれた。
合格は、私一人の力では絶対に勝ち得なかった。山田先生、MSFの仲間、両
親、友人ら多くの人々に支えられて今の自分がある。
しかし、ジャーナリストは社会の多くの人々を支える職業だ。私はこのとてつ
もない使命を抱えてこれから生きていくことになる。
私は、「負けない」ジャーナリストになりたい。権力、暴力、不正、誘惑、弱
さ。挙げればきりがない。これらに立ち向かっていく勇気の尊さを私はMSF
で教わった。言葉で表現する職業に就くのに、この感謝の気持ちは上手く言い
表せない。ありがとうございました。頑張ります。(東京教室生)

メッセージ=朝日新聞社、共同通信社ほか内定 Iさん 2008/1/4追加掲載
MSFに通うこと一年、念願の記者職内定をいただくことができました。これ
も常に真剣に、率直にアドバイスをくださった先生をはじめ受講生の皆さんが
いたからこそだと思っています。本当にありがとうございました。
記者になると決めたのは高校生の時です。それ以来、大学での勉強や留学、国
際会議参加、NGO活動など、最終目標につながるよう、また記者として関わ
りたい分野に強くなれるよう、学生生活を過ごしてきました。おそらく多くの
マスコミ受験生がそうであるように、絶対記者職以外は考えられないと思って
いました。
そんな中、MSFの存在を知り、体験談や山田先生の方針を読むうちに、ここ
でなら受験テクニックではなく、記者として必要なことを学びながら準備がで
きると確信し、入塾を決めました。MSFの授業はそんな私の期待にこたえて
くれました。先生の話からは記者としての倫理観や心構えを学び、作文では文
章力、面接クリニックでは表現力を養うことができました。
中でも授業で一番好きだったのは新聞の「懇談」です。受講生や先生のニュー
スの見方、気づきから毎回新しい発見がありました。また、自分も「懇談」の
度に新聞やニュースを深く読み込み、問題について調べて準備をして臨みまし
た。普段人前で話すのは苦手だったのですが、いかに相手に分かりやすく伝え
るかという訓練にもなりました。
授業では正直なところ、何度恥じをかいたか分かりません。稚拙な作文、志望
書、自分の知識の乏しさや視点の狭さに落ち込むこともありました。しかし、
授業で恥をかき、周りの率直な意見、批評、アドバイスをいただくことができ
たからこそ、独りよがりにならず、本番でも結果が出せたのだと思います。
MSFでは数え切れないくらい多くのことを学びましたが、最も心に強く残っ
ている先生の言葉が二つあります。それは内定が最終目標ではないこと。そし
て記者とは自己実現をするための職業ではないことです。当たり前のこととい
えば当たり前のことですが、新聞社受験が迫るにつれ、受かりたいという思い
が強くなればなるほど自分の大きな目標を見失いがちになってしまいました。
私は、実は春にも新聞社と通信社を受けましたがほとんど結果が出ませんでし
た。試験の前には、他のことより新聞社受験を優先して、勉強に時間を費やし
ていました。今まで行っていたNGOの活動や自分の興味の分野、人と会う時
間はなるべく削減していたのです。しかし最終的な目標を考えれば、勉強も必
要ですがそれだけではなく、人と会うこと、様々な場所へ行って自分の目で確
かめ、問題点を発見することのほうがはるかに重要で有意義なことだと感じる
ようになりました。
秋受験に向け自分の好きなこと、新しい経験をすることも続けました。そして
自己実現ではなくて自分はどうして新聞記者になる必要があるのか、常に心に
留め、面接でも率直な思いを伝えるように努めました。すると春とは違い、全
ての面接後には達成感、満足感を感じることができたのです。内定をいただい
たこれからがスタートです。MSFで学んだことや初心を忘れずに自己実現の
ためではなく、社会に貢献できる記者になりたいと思います。(東京教室生)

メッセージ=朝日新聞社  出版編集・Sさん 2001/5/24掲載
大学三年生の秋、たまたまマスコミ・スタディ・フォーラムのホームページを
見つけたこと。のちにこれが人生のターニングポイントになったと振り返る日
も来るのだろう。この偶然の出会いのように、就職活動では何度か強運に恵ま
れることがある。重要なのは、その運を最大限に生かせるかどうかだ。
初めて講座に参加した私は、何よりもその内容の質の高さに驚いた。マスコミ
の本質に迫る業界研究に、実践的かつ非常に丁寧な作文指導。求められる次元
の高さに、自信を失いかけたこともあった。しかし今考えればここで一度初心
に戻れたことが良かったのだと思う。
「マスコミに入りたい」。多くの人が持つ夢だ。受験人数の圧倒的な多さから
もよくわかる。しかし十分に考えぬいた上で、臨む人がどれだけいるのだろう
か。
マスコミの試験は難しい。表面的な熱意や曖昧な動機では絶対受からない。
過信を捨て、根拠のある本当の自信を築き上げる。そのことを先生は何度も教
えてくれた。なぜ雑誌を作りたいのか。それをひたすら考え続けた半年間だっ
た。身近に同じ目標を持つ仲間がいることもとても心強かった。話し合い励ま
し合い、お互いを高めてきたように思う。
また、悩んだ時や行き詰まった時、先生は本当に親身になって相談に乗ってく
れた。就職活動において、志を同じくする人々の存在はとてつもなく大きく、
そしてかけがえのないものだと思う。このような周りの人々との出会いも縁で
あり、運である。しかし、この関係があるのも自分が一生懸命頑張ってきたこ
との結果と捉えたい。
真のマスコミ人を育てたい。それが、マスコミ・スタディ・フォーラムの姿勢
だ。
将来に対する熱意をしっかり持ち、努力を惜しまない人は暖かく迎えられるだ
ろう。そしてもしその門を叩いたならば、運を手放すことのない様、止むなき
邁進を続けてほしい。(仙台教室生)

メッセージ=NHKアナウンサー・Aさん 2001/5/24掲載
最初は、皆が同じだ。「就職は?」と聞かれ、漠然と「マスコミかな」と答え
る。ちょっと人よりニュースを見て、新聞を読む。時事問題には多少自信があ
る。大学三年の秋、私もそんな大学生の一人だった。それがこの塾に入り変わ
った。中途半端な気持ちと知識のレベルの低さに気付かされた。何より「マス
コミ」という言葉の響きに憧れていただけの自分が恥ずかしくなった。なぜ目
指すのか、これを真剣に考え、悩み、そのために努力する。シンプルだが、全
てはここにあったのだ。自分一人では、こう思っても何をすれば良いのかわか
らなかったと思う。途中で辞めていたかもしれない。でもこの塾には同じよう
に苦しむ仲間がいた。何より、最高の先生がいた。未熟な作文の添削、模擬面
接、時事対策、熱意ある指導は自分も本気で努力して応えなくてはいけない、
そう思わせる内容だった。悩みを相談すると先生は自分のことのように真剣に
考えてくれる。そんな人柄に常に見守ってくれているような安心感を感じたの
は私だけではないはずだ。人との出会いが人生を変えるという。先生の指導が
なければ今の自分はなかったと思う。今、私はこの言葉を噛み締めている。
(札幌教室生)

メッセージ=NHK 記者 内定 Hさん 2008/10/22追加掲載
MSFのホームページに「準備ゼロからマスコミへは最低半年の準備が必要で
す」とあります。内定をいただいて振り返ると、まさにその通りと感じていま
す。
昨年10月に入会し、今年9月までの1年間が、私のマスコミ受験、内定には必
要でした。もちろん、中には準備なしで合格できる方、半年後の4月で終わら
れる方もいらっしゃるでしょう。人それぞれ違いますし、いつ合格できるのか
不安になり、あきらめることもあるかもしれません。しかし、私がMSFに在
籍して感じたことは、つかみたいものがあるなら、あきらめずに1年間は続け
てみるべきだということです。
4月の春の試験の失敗から8月に始まる秋の試験の間に、私が劇的に変わった
ということはないと思います。もちろん、メーン講座のほかに、秋試験対策の
ゼミも受講し、エントリーシートの検討を春よりも頻繁に行い、また、講座の
仲間とファミレスに集まり、作文などについて議論を重ねました。その結果、
記者になりたいと思う原点を見つけることができましたし、視点の幅が広がり
ました。
合格点を上回る作文や一般常識、形式的な面接のイロハを身につけることに1
年がかかるわけではなく、先生がおっしゃった「夢だけではなく、必然的に自
分が記者になる必要があるか」を考えることや、「記者になるという明確な意
識を持つことに、半年から1年は少なくとも必要だった」と今は思います。
記者を志して就職活動を始めましたが、4月の段階でもなお、記者になるイメ
ージは夢のようなものでした。ある新聞社の最終面接を受けご縁がなかった後
は、内定をいただいた他企業で働く姿が想像できてしまい、以後のマスコミ各
社の試験にも身が入らず、自分自身にも絶望していました。
そのような中、先生から「秋試験対策ゼミを受けないか」というメッセージを
いただきました。講座の選択は自主性に任せるというのがMSF、先生の方針
です。それにも関わらず、お誘いをしてくださいました。私はすぐに、もう一
度正面から真剣に試験を受け、記者になろうと決意しました。
MSFは、これまでの自分の人生に向き合ってくれる先生や仲間がいる場所で
した。感謝と、視聴者や国民のために働くのだという気持ちを忘れず、記者と
して社会に貢献していきたいと思います。(東京教室生)

メッセージ=NHKディレクター職・Yさん 2001/5/24掲載
「一生を一日の様に気楽に生き、一日を一生の様に真剣に生きたい」。誰の言
葉だったか忘れてしまったが、私の人生哲学だ。就職活動は、楽しかった。
「落とされて、つらい」、「エントリーシートがうまく書けない」など、苦し
む人も多いが、私はかけ値なしに楽しかった。なんとなく余裕があった。それ
は、早い時期に一社から内内定をもらえたせいもあるかもしれない。しかし、
MSFに通っていたことが精神的に大きな支えになっていた事は確かだ。同じ
目標を持った仲間たちと、しっかりした授業を受けていた事は大きな自信にな
った。そのおかげで、面接でも緊張せずにありのままの自分で臨めたと思う。
ありのままの自分を出せた面接は合格でも不合格でも楽しいものだ。一方でM
SFでは、就職活動での技術的な事も学んだ。良いエントリーシートの書き方
や、筆記試験対策、面接練習などである。実際に私は筆記試験では一度も落ち
た事がなかった。こうやって振り返ってみると、一つ一つの試験や面接は真剣
に、それでいて全体として気楽で楽しい就職活動ができたと思う。実はMSF
に通うかどうかは、かなり迷った。受講料だって安くはないし、実際に役に立
つのか疑問だったからだ。今思うとMSFに来ていて良かったと心底思う。希
望の会社から内定をもらったからではない。自分にとって意味のある、楽しく
真剣な就職活動ができたからだ。(札幌教室生)

メッセージ=読売新聞社記者内定 Sさん 2005/9/27追加掲載
「MSFというマスコミ塾で半年間、真のマスコミ人になるための教育を受け
てきました」。
多くの面接官が、受かるための面接対策や受験テクニックを教えるマスコミ塾
や予備校といった存在を毛嫌いしていると思う。だから新聞社を受ける際に必
ずと言っていいほど問われる「受験に際して、どんな対策をしてきたか」とい
う質問に、「マスコミ塾での勉強」と答えるのは、得策ではないのかもしれな
い。しかし、私はこれらの質問に対して胸を張って冒頭のように答えた。
MSFで学んだことに対して、私はちっともやましさを持っていなかったし、
自信を持っていた。それは全く付け焼刃のものでなかったし、小手先の受験テ
クニックでもなかった。そもそも「受かるための勉強」ではなかったからだ。
今、MSFでの日々を振り返ってみて印象深い授業がある。その日は、私のエ
ントリーシートを基にした「面接クリニック」の日だった。私は準備してきた
資料を他の受講生に渡した後、最後に先生に手渡した。大した意味はない。単
純に自分の席から近い順に配っていっただけだ。しかし、私はその時、先生か
ら一言叱られた。思わず赤面してしまったが、こういった類の指導をしてくれ
るマスコミ塾があるだろうか、と思った。
私は、先生に「社会に出るというのはどういうことなのか」を教わった気がす
る。そして、究極的に言えば、私にとって、MSFでの授業は「なぜ、記者で
なければいけないのか」を徹底して問い続けたものであった。その答えは、正
直に言えば、まだ明確なものではない。私が記者として生きていく上でずっと
問い続けなければいけないものであるとも思っている。これから、記者を目指
す方々にも、ぜひともこの問いに対してじっくり頭がよじれるほど考えてほし
い。焦る必要はない。一つ一つの選考結果に一喜一憂することなく、真のマス
コミ人に一歩でも近づいていってほしい。(東京教室生)

メッセージ=読売新聞社内定 Wさん 2007/6/28追加掲載
大学院一年の夏、「自分の専門を通じて社会の役に立ちたい―」そんな強い気
持ちだけが頭を支配していた。しかし、何をどうすれば良いのかわからない。
私の通う大学は、就職には縁がないような所である。インターネットで一生懸
命、予備校や塾をさがした。そこで私はMSFに出会う。大手予備校も考えた
が、ホームページの文面を見て、MSFでなら本気の勉強が必ずできる、と信
じた。この直感は的中する。約半年後に、マスコミの予備知識も縁も全くなか
った私を、読売新聞社内定まで導いてくれたのである。
初めての懇談で、しどろもどろでまとまりのない私の発言を、先生はうなずき
ながら一言一言真剣に聞いて下さった。そのことがとても嬉しかった。とにか
く苦手だった私が一歩踏み出せたのは、まぎれもなく先生のおかげである。回
を重ねても的外れな発言してしまう私を的確に指摘して下さる先生。恥ずかし
くて消えてしまいたいことは幾度もあった。しかし、厳しく率直に言ってもら
えるのは、今しかない貴重なチャンス―そう思うようになってから、ドキドキ
しながらも、週に一回が待ち遠しくなっていった。
内定が決まってからも正直、できることならまだここで勉強し続けたい気持ち
でいっぱいである。MSFとは、そのような所だ。単に受験のテクニックを身
につけるための塾ではない。社会に出るにあたって持つべき心構え、礼儀など
といったことも同時に磨かれる(これまた私は、至らない行動でたくさん恥を
掻き、それによってたくさん学ぶことができた)。もちろん、記者経験者であ
る先生の講義は簡潔明快で、豊富な体験談、情報は非常に面白くためになり、
三時間一度も飽きるなんてことは無かった。総合的に考えても、MSFは真の
マスコミ人になるための、最も近道ではないかと改めて思う。結局、マスコミ
受験で重要な面接において大事なのも、人間的な「幅」であると思うからだ。
もし、真の深い学びを経た上で確実な内定を目指したいと思うならば、私は自
信を持ってMSFをおすすめしたい。
最後に、手厚く御指導下さった山田先生、事務局で支えて下さった皆様、励ま
し合って共に学んだ仲間、全ての人に改めて感謝をしたい。本当にありがとう
ございました。(東京教室生)

メッセージ=毎日新聞社  記者・Hさん 2001/5/25追加掲載
「君は現地に行きもしないで、ゼミ論文を書けるのか」。ちょうど2年前に受
けたある新聞社の面接で、こんなことを言われた。私がある環境問題をテーマ
にゼミ論文を書いた、と答えたときだ。面接官は続ける。「私たちならまず現
地へと考えるけどね」。単純な私は「社会見学をしなければ、新聞社に受から
ない」と考えた。それからは暇を見つけて実際にニュースの現場を訪れるよう
になった。
実際に現地へと足を運んでみると、確かに発見がある。初めは義務だったはず
の社会見学が、私の趣味になっていた。
それでも採用試験はうまく行かなかった。そんなある日、大学の構内でMSF
の地味なチラシを目にした。講師は元新聞記者の方だという。漠然と記者を目
指していた私にとって、お世話になる価値はあるのではないか。そう思い、メ
ーン講座を受講することにした。
記者になるためには、いくつかのハードルがある。私はその中でも、弱点と思
われる面接の力を付けようと思った。それまでは、どこかの就職講座で聞いた
ような「鏡に向かってウイスキーと言おう」といった「面接作法」を学ぶこと
が全てだと思っていた。そんな私にとってMSFの講義は驚きの連続だった。
まず私は、記者の仕事をよく理解していなかった。記者志望なのに、机上で理
屈をこね回していた私、面接官はにがにがしく思っていただろう。就職試験は
「社会人」になるための試験なのだから、入学試験で学力が試されるのと同じ
ように問われているのは「社会性」なのだと思う。それに気付くのに長い間か
かった。MSFは、そのようなことを学ぶ場だった。
「美しいものを見たら、きれい。人から親切を受けたら、ありがとう。そんな
普通の感覚が、マスコミ人には求められている」。
とりたてて誇れるものがなかった私には、山田先生のこの言葉が随分と励みに
なった。自分を謙虚に振り返ることができたら、あとは努力するしかない。も
ちろん私も努力を続け、悔いのない人生を歩みたいと思う。(札幌教室生)

メッセージ=毎日新聞社記者内定 Tさん 2005/6/8追加掲載
有名大学の出身ではなく、抜きんでた能力があったわけでもない私。
学生時代、新聞記者になりたいという夢は叶わず、一般企業に就職した。入社
後一年が経過したものの、胸の内にあった思いは捨てきれずにいた。
そんな時、たまたまインターネットでMSFを知った。真剣に努力すれば誰に
でもチャンスがあるという案内文と、それを十分証明する実績の高さに惹かれ
入会を決めた。だが、確固たる自信があったわけではない。それまで新聞社の
入社試験は、筆記試験や一次面接ですべて不合格になっていた。既卒の受験生
は時間の経過とともに合格のためのハードルが高くなるだろうという焦りもあ
った。
それまでの間、他のあるマスコミ就職塾に相談したりもしたが、にべもない返
事をされて不安になったこともあった。
「僕、夢を見てるだけなんですかね」。
ある日、MSFのメーン講座終了後、帰り際にふと山田先生に聞いたことがあ
った。
「いいんだよ。夢を見ても」。
先生の励ましの言葉は私の胸に響いた。私の将来を信じて応援してくださるこ
とが嬉しかった。まだ可能性があるなら、とことん頑張ってみようと思った。
講座では、面接、論作文練習や業界研究、懇談など講義の密度の濃さに圧倒さ
れた。自分の志望書や作文で至らない部分を鋭く指摘され、うまく解決できず
に頭を抱えることが何度もあった。
だが、それらを一つ一つ逃げずにクリアすることで自信につながった。また、
山田先生の取材経験に基づくお話や、提供してくださる資料は、面白いだけで
なく、憧れでしかなかった記者の仕事が身近に感じられる刺激に満ちていた。
それにより、自分の目指す記者像や、伝える側の視点を意識する上でも大変役
立ったと思う。さらに、同じく報道への志を持つ受講仲間と出会い、続けた勉
強会も有意義だった。
最初は、条件的に不利な面ばかりを見て無理なんじゃないか、と弱気になるこ
とも多かった。夢が夢で終わってしまうことを何度も想像した。だが、講座で
勉強を続けるうちに、絶対に乗り越えてみせるんだという明確な気持ちと目標
が芽生え、それが内定への原動力になった。勝因を挙げるとすれば、自分を信
じて諦めず、食らいつく姿勢を忘れなかったことだ。
決してスムーズにここまでたどりついたわけではないので、私は偉そうなこと
も言えない。しかし、自分の経験からこれだけは言える。粘り強く、真剣に学
び、考えながら準備を進めれば、きっとチャンスはあるということ。参考にし
ていただけると幸いに思う。(東京教室生)

メッセージ=毎日新聞社記者内定 Fさん 2007/6/14追加掲載
MSFでは、自分を情けないと思うことばかりだった。作文は書き上げられな
い、自分のことなのに志望動機も満足に言えない。懇談では、しっかりと考え
を述べて一つのニュースからさまざまな問題を派生させる他の受講生に圧倒さ
れた。そんな私に山田先生はこう言われた。「コミュニケーションについての
努力、認識の不足を感じることがあります。自分で考えてもらうべきことなの
で具体的には挙げません」。
自分なりに足りないことが何かを真剣に考えた。コミュニケーションという基
本的なことを指摘され恥ずかしかったが、社会に出てからも必要なことを学ば
せていただき、ありがたいことだと思った。他の受講生より知識がなく、ニュ
ースに対する考えも浅い。記者になるなんて無謀なのかもしれないと思ったこ
ともある。だが、足を引っ張りたくない、負けたくないという気持ちがあり必
死に勉強した。また、講義中に先生がされる雑談は興味深くて面白く、記者に
なりたいという思いは増していった。
私が三次面接通過の連絡をもらったのは、完全に結果を諦めていた時だ。新聞
社を挑戦し続けると決め、それまでの試験の反省をしていた。面接では自分に
足りないことがあると思い知らされ、まさか合格するとは思っていなかった。
「自分のことでいっぱいのうちは、他人の人生を抱えることもある記者活動は
なかなかできません」。内定をもらった時に先生がおっしゃったことだが、本
当にその通りだと思う。まだまだ自身に至らないことだらけだが、もっと周り
に目を向け、考え、悩んでいこうと思う。そして良い記者になりたい。(東京
教室生)

メッセージ=毎日新聞社 営業管理 内定 Sさん 2008/6/29追加掲載
昨年の秋採用に落ちたとき、このまま就職活動をし続けるべきかどうか正直迷
いました。自分のために努力するより、別の形でも社会に貢献することはでき
るはずだと考えたからです。私は焦っていました。
MSFの門を叩いたのは07年の1月のことです。マスコミで働くことは中学
生の頃からの夢であり、企画や制作の仕事がしたいと考えていました。3月に
は2年間勤めていた会社を退職しましたが、春の採用試験では受かることがで
きず、新聞社でアルバイトをしながらMSFに通いました。しかしアルバイト
という立場は、それまで一切の責任を担って働いてきた私にとって、思うよう
に仕事ができない苦しい環境でした。このままでは生産性がなさすぎる、もっ
と仕事がしたい。会社を辞めるまでして諦められなかった夢を、私はまた手放
そうとしていました。そんなときでした。
「諦めたら一生後悔する」。きっと先生にとっては、何気ない一言だったので
しょう。しかし、私をもう一度頑張る気にさせるには十分すぎるものでした。
先生がおっしゃるからこそ重みがあり、説得力がありました。以来、その言葉
が、ずっと心の支えとなりました。次の試験でだめだったら、きっぱり諦めよ
う。その分、今度こそ本気で取り組む。これで私の腹は決まりました。そして
まさに背水の陣で臨んだ今春の採用試験、私は内定をいただくことができたの
です。
山田先生にご指導いただいた1年4ヶ月は、ひたすら自分自身と向き合った日
々でした。放送局でディレクターとして働くことが第一志望でしたが、どうし
てなりたいのか、どんな仕事がしたいのかという根本的な部分がとても曖昧で
した。模擬面接のときも、ありきたりな返答しかできない自分をもどかしく感
じていました。先生や、受講生に忌憚のないご意見をいただきながら何度もエ
ントリーシートを書き直し、面接も繰り返し行っていただきました。そして最
終的には、どんなコンセプトでどんな内容の番組か、視聴者の年齢層や放送時
間帯まで具体的にすることができました。
先生の授業は直接回答を教えるのではなく、あくまでも答えを導き出すための
ヒントを与えてくださるというものです。その形式が私にはとても合っていた
のだと思います。決して楽ではありませんでしたが、自分で考え、調べて導き
出した分だけ説得力も増します。エントリーシートが完成に近づくと同時に自
分の夢も具体的になっていくことが嬉しくもありました。
論作文指導も、私にとって非常に有効でした。元々文章を書くことにはそれほ
ど抵抗がなく、むしろ得意だとさえ思っていました。しかし、初めて書いた作
文の検討をしていただいたとき、文章を書くのが得意だということと、筆記試
験における論作文での「上手さ」は別だということに気づかされました。「論
作文も自己PRの場である」ということは、以来私の課題となりました。
MSFの講座の中で培ったことは数え切れません。しかし、何よりも私を支え
てくれたのは、山田先生やMSFの存在そのものであり、一緒に学んだ受講生
のみなさんであったと思っています。試験に失敗し、一人不安になったときも
山田先生のもとで学んでいれば何とかなるという信頼、そして「あなたなら大
丈夫だよ」と言ってくれる仲間の言葉が、私の力の源でした。多くの身近な人
の助けがあったからこそ、ここまでこれたのだと感じます。
そして、内定をいただいた会社、つまり、私がアルバイトを始めた新聞社を知
るきっかけとなったのもMSFでした。MSFに入らなければ、今の私はあり
ません。まさか自分が新聞社で働くことになろうとは思ってもみませんでした
が、これも縁であり、私はここでやるべきことがあるのだと思います。
常に情報の最前線にいること、自分のアイデアを形にすること、そして、メデ
ィアを通して子どもの成長に携わること。それが私の働く上での指針です。こ
れだけはいつまでも揺るがず、持ち続けていたいと思っています。
マスコミの世界にそれぞれ飛び出していったかつての仲間たちと、いつかまた
今度は仕事の現場で会えると思うと、楽しみでなりません。(東京教室生)

メッセージ=産経新聞社記者内定 Tさん 2006/11/24追加掲載
たった4ヶ月の受講期間だった。7月の初め、MSFと山田先生に出会った時
に滞っていたものが流れ始めた。春、ひとつも内定がなかった私は6月も終わ
ろうというある日、「新聞記者になりたい」という出来事に遭遇する。
しかし、新聞社の入社試験用の勉強などしてこなかったし、知識もない。独学
では無理だと、その日のうちに急いでインターネットを開いた。MSFに決め
たのは直感だった。
初授業。「懇談」の時の先生の一言は最初にして最大の一撃だった。「面接、
苦手でしょ。もっと周りの反応を見てしゃべったほうがいいですよ」。恥ずか
しかった。自分の勉強不足を隠すために一気に早口でまくし立てていたのだ。
他人にズバッと指摘されて初めて自分の癖に気づけた。最終面接まで、何度こ
の先生の言葉を思い出したかしれない。
MSFは少人数制で、かなりが受講生の自主性に任せられる。だから、他の受
講生に迷惑はかけられないという思いから、必死に勉強をした。自分のためだ
けではないからこそ、もう一段上の意欲が生まれるのだと思う。
面接を受ける中で先生とは日々、メールで連絡をとっていた。意気揚々と次の
面接の決意を書き送り満足していた私に、先生から返信が来る。「なぜ記者に
なりたいかという点が全く説得されていません」。これには焦った。いつも接
している先生に伝わらないのに、初対面の面接官に10分やそこらでわかって
もらえるわけがない。
その後も、先生からは何度も厳しく「浅さ」を突っ込まれ、そのたびに少しで
も納得してもらえるものをと、熟考してメールを送った。面接のためというよ
り、今の、将来の自分と先生への挑戦だったように思う。この過程なくして、
自分自身の「軸」は確立できなかった。
MSFの講義は、単に受かることが目的の授業ではないから、志高く先を見据
えられたのも良かったのだろう。山田先生、MSFなくして、この内定はあり
得なかった。4ヶ月の奇跡が、私を変え、今ついに新聞記者となった。良い記
者になります。本当にありがとうございました。(東京教室生)

メッセージ=共同通信社記者内定 Fさん 2003/6/6追加掲載
一年目の就職活動に失敗した。記者への思いが断ち切れず、もう一度挑戦しよ
うと決めかけた頃、ある放送局で最終選考の際に出会い、内定された方に相談
した。本気でやり直したいのなら、とMSFを紹介された。これが山田先生の
ご指導をうけることとなるきっかけだった。
先生の授業は私自身に足りないものを探る上で格好の場だった。自分で現場を
見て確かめて、はじめて物事を語れるようになることを教わった。また作文指
導は、文章の表記から内容の整合性、論理性に及び、詳細を極めた。また、業
界研究を通じ、これから新聞をつくる人が考えておくべきテーマを知った。
一年半にわたる就職活動。一時は真っ暗なトンネルの中を、出口もわからず歩
き続けるようなものだった。物事を難しく考えてしまう癖がたたり、作文がほ
とんど書けなかった時期もある。恥ずかしいが、その頃家では半べそで原稿用
紙に向かっていた。
実際に挫けたことは幾度もある。ただ諦めかけても諦め切れなかった。「どう
しても記者だ。今ここでやめたらもうチャンスはこない」という思いがその都
度あった。最後はやりたい仕事への執着心だけで乗り切ったと思う。
これから就職活動に臨まれる方、今まさにその過程にある方には特に「志は貫
き通し、自分自身を磨いてください」と言いたい。マスコミ受験の倍率の高さ
などはなんの問題でもなくなる。年月はかかっても、志を捨てず努力した人が
内定しているからだ。
講座でともに学び、学習会を組んで志望書などの酷評し合った仲間、そして山
田先生とのご縁がなければ、ここに体験記を寄せる私はいないと思う。本当に
ありがとうございました。そしてこれからが私にとって本当の勝負なので、ど
うぞ宜しくお願いします。(東京教室生)

メッセージ=時事通信社記者内定 Tさん 2005/8/28追加掲載
内定をいただくまでの約一年間、週末MSFの授業を受けることが習慣になっ
ていた。今振り返ると毎回とにかく、がむしゃらだったと思う。作文が思うよ
うに書けず、朝まで頭を抱え、納得のいくエントリーシートが出来ず焦りが募
った。
ここに載っているMSFの先輩の合格体験記を読んでも、勇気付けられるどこ
ろか、自分だけは記者になれないのではないかと思ったことも何度かあった。
政治や経済など自信をもって他人と意見を戦わせるだけの知識もない自分は、
記者には程遠い。仲間と懇談するたび、そんな不安を感じた。
そんな私を支えたのは、先生の言葉だ。「あなたなら絶対記者になれますよ」。
初めてそう言われた時、その言葉がどれだけ嬉しかったかよく覚えている。な
ぜ先生がそんな言葉をかけてくださったのか、今でもわからない。が、とにか
くその一言は内定をいただくまで私の糧となった。
MSFの授業では答えが提示されることはほとんどない。しかし、その中にた
くさんのヒントがあって、それを拾って調べ、足を運び、考える作業を繰り返
しているうちに自分の目標がはっきりする。それは、「記者職で内定をもらい
たい」という目標ではなく、「こんなことを伝えたい。だから絶対に記者にな
るんだ」という意識だ。
2005年1月21日。普段日記などつけない私が、ノートに走り書きをして
いる。「MSF、心に残る授業」。その日は過去のある事例をもとに事件報道の
原点についての講義があった。報道とは何か。明確な答えはまだ見つけられて
いないが、あの日の授業を私はずっと忘れられないと思う。
「記者になることは簡単です」。先生がよく言っていたことを思い出す。今よう
やくその意味がわかる。MSFで感じたこと、考えたこと、学んだ様々なこと
を心に留め、早く一人前の記者になりたい。こうしてスタートラインに立つこ
とができた。先生と仲間に改めて感謝する。(東京教室生)

メッセージ=北海道新聞社記者内定 Nさん 2004/7/13追加掲載
道新記者職に内定した。私が新聞記者になることになろうとは、一年前の私に
は想像できなかった。なぜなら、私はアナウンサーにどうしてもなりたくてM
SFへ入会したからだ。私はあるアナウンサーにとても憧れていた。
しかし、アナウンサー受験にはことごとく敗退。志望書も納得いくようには書
けず、体調を崩し講座を休んだ際、先生にメールをしたところ、次のようなお
返事を頂いた。
「マスコミの仕事は自分のためにするものではないということです。確かに就
職だから自分のためなのでしょうが、それは差し置いても、他人のために仕事
をしたいと考えてください。昨日お返ししようと思っていた志望書には、自分
のことより視聴者のため、といった趣旨のようなことが書かれていましたよ。
私はこうした思いを純粋に抱き続けるような人にマスコミの道に進んで欲しい
と思っています。だから、憧れのレベルでは、駄目です」。
とても衝撃を受けた。
アナウンサーは私にとって憧れだったからだ。その後、偶然テレビの生中継現
場を見た。道内のある町の郷土料理等を紹介している。町のおばあちゃん達は
とても嬉しそうな顔をしていた。今まで培ってきたものをテレビで紹介される
ということは人生にとってドラマだと思う。そのとき気付いた。ああ、私はこ
ういうことがしたかったのだと。様々な地域での活力を伝えていくことで北海
道に元気をもたらしたいと。
私の夢は道新の記者としても叶えることができると信じている。これから新聞
記者として力一杯頑張っていきたい。MSFでは、真のマスコミ人としての視
点を教えてくれる。自分がマスコミで働く上で、社会のために何ができるかを
常に考えさせられた。憧れだけではマスコミには入れない。
しかし、真剣に社会を考えられる心を養えられれば、その道は必ず開けると思
う。私がこの合格体験記を書いていることを今、心から嬉しく思います。あり
がとうございました。(札幌教室生)

メッセージ=河北新報社内定 Mさん 2008/1/4追加掲載
私は大学を一年留年し、就職浪人をした。一年目は独学での勉強だった。
だが、試験はほとんど一次面接で敗退。大学4年一年目の秋、これではもう一
年受験しても受からないと思い、MSFに入会した。
MSFの授業を初めて受講した日のことはよく覚えている。開始後すぐ、私は
先生に指摘をいただいたからだ。授業は毎回漢字テストから始まる。先生から
手渡されたテスト用紙を私は片方で受け取った。当時の私にとっては何気ない
行為だった。だが、先生は注意をしてくれた。大学に入って以来、指導を受け
ることが少なくなっていた私にとって、その一言が有り難かった。
MSFは、ただ受験対策だけするのではなく、社会人として大切なことを教え
てくれる場所だと思う。授業では、毎回自分の不甲斐無さに対して憤りを感じ
ていた。懇談や面接クリニックでは考えの浅さを実感させられた。作文の時間
では、仲間が私の作文を読んでくれている間、何度も耳をふさいだ。自分自身
に何度も悔しさを覚えたが、その悔しさがあったからこそ、模擬面接や作文の
推敲に臨んでいったのだと思う。
先生は、授業でよく記者の素晴らしさ、社会的な意義をさまざまな資料から絶
妙なタイミングで話して下さった。自分の考えがまとまらず、悩んでいる時、
春試験で志望する会社に落ち、落胆している時など。私は先生のその話に勇気
付けられ、より一層記者への志望を強くした。入塾時より現在の方が記者にな
りたいという思いが強いことだけは、自信を持って言える。その思い以上にM
SFで得た一番の財産は、共に勉強した仲間だ。ファミリーレストランやファ
ーストフード店で懇談を行い、志望書を推敲した。
どのメンバーも私の志望書に対して真剣に検討し、助言をくれた。そして、合
格を祝ってくれた。本当に有り難い。私は結局、現在もこの合格体験記を書け
るほど誇れるような実力は何もない。内定後に先生からいただいたメールの内
容のように、これからが本当であり、今まで以上に自分を磨いていかなければ
ならない。だからこそ、今は嬉しいという気持ちよりも、気の引き締まる思い
と不安が頭をよぎっている。
私は、記者として記事を書くことで社会をより良くしたい。この一念で受験を
してきた。この目標は一朝一夕では達成できない。叶えられるかは、これから
の自分次第だ。お世話になった先生、事務局の方、そしてメンバーに恩返しを
する意味でも、初心を忘れずに生涯精進していきたい。最後に、先生をはじめ
MSFで出会った全ての方に心からの感謝を伝えたい。ありがとうございまし
た。(東京教室生)

メッセージ=山陽新聞社記者内定 Kさん 2005/8/27追加掲載
新聞記者になってしまった。正直に言えばそのような感覚だ。
なぜなら、私はどうしてもアナウンサーになりたくてMSFに入ったからだ。
私はそれまで大手の有名アナウンススクールに通っていた。しかし、講義のた
びに指導者が変わったり、教室が大人数で一人に割かれる指導時間が3〜4分
しか無かったりとその授業の形態に疑問を持たざるを得なかった。
そんな時、偶然出会ったのがMSFのホームページだった。
アナウンサーだけでなく、新聞記者をはじめとしてテレビ、雑誌、広告などあ
らゆるマスコミ業界に多くの内定者を輩出している点に興味を持った。
「なぜ、自分の伝えたいことをその会社で伝える必要があるのか」。講座での
面接クリニックで何度も先生に問われたことだ。最初は、自分のやりたいこと
の意義など思いもつかなかった。しかし、多くの人に情報を発する仕事をする
以上、常に考えなければならないことは「社会的な意義」だ。
MSFの授業では「懇談」をはじめ、とにかく受講生自身に考えさせることを
主体としていた。学生時代に全く勉強をしていなかった私は、他の受講生のレ
ベルに圧倒されてばかりで恥ずかしいくらいだった。しかし、講座や勉強会を
重ねていくうちに、新聞やテレビに対する接し方は確実に変わっていった。自
分が伝える側ならばどうするか、その社会的意義はなにか、それを取り上げる
ことに何の意味があるのか。
常に「伝え手の視点」を持ちメディアに触れられるようになった(それでも勉
強会では何度も「視点が甘い」という指摘を仲間から受けたが)。そして、そ
の思考方法はエントリーシートの作成や本番の面接でも大いに役立った。
MSFの受講生は、学生だけでなく社会人やフリーターが多いのも良い点だ。
私自身フリーターとして就職活動をしていたが、辛い時、苦しい時に同じよう
な状況の仲間と励まし合えることほど心強いことはなかった。勉強会では互い
のエントリーシートや作文についてとことん指摘しあったり、新聞やテレビに
ついて議論しあったり、模擬面接を行ったり、一人では乗り越えられない壁も
講座仲間がいたからこそ前に進むことが出来た。
私は年齢の問題で受験できる局がほとんど無かったことなどでアナウンサーに
はなれなかった。しかし、MSF入会当初には考えてもいなかった新聞記者で
内定をもらった。生意気なことを言うがジャーナリストとしての資質は確実に
身についているのだと実感できた。アナウンサーと記者、という違いはあるが
今後はMSFで習ったことを胸に報道の世界で活躍していきたいと思う。
(東京教室生)

メッセージ=ベネッセコーポレーション総合職内定 Tさん 2002/9/27追加掲載
よくわからない。これが就職活動を目前に控えた私の心境だった。何から手を
つければよいのかわからなかった。そんな時、私は、MSFを見つけたのだっ
た。
MSFの授業は中学校の理科の教科書の様だった。実験方法は書いてあるけれ
ど結果は書かれていない。答えは自分自身の力で探し出さなければならない。
社会人になってもそうである様に。例えば「面接は会話」だと、私は先生から
教わった。最初は緊張したり準備不足で会話なんて成立しなかった。けれど、
何度も面接練習を繰り返すうち、面接の席に座って面接官と話をすることが楽
しくなっていた。普段話をすることのない社会人の方との会話は新鮮だった。
就職活動が面白くなってきたのはその頃からだった様に思う。
また、MSF入会して良かったことの一つに仲間ができたことがある。同じマ
スコミ志望ということで志望書や作文を見せ合い、面接の練習を繰り返し、厳
しく評価しあった。普段の友人とであれば、こんなに厳しくはできなかったに
違いない。真剣だからこそ、悩みを打ち明けることができ、沢山の刺激を与え
てくれる仲間。そんな仲間ができたのもこの塾のおかげだ。もし、MSFに入
っていなかったら、と考えることがある。きっと私はよくわからないまま試験
を受け、落ちた時に何故落とされたのかわからなかっただろう。沢山のやり方
とヒントを与えて下さった山田先生に大変感謝しています。本当にありがとう
ございました。(札幌教室生)

メッセージ=スターツ出版社内定 Tさん 2007/10/16追加掲載
「私なんか〜」が口癖の私の背中をいつも押してくれていたのはマスコミ・ス
タディ・フォーラムの仲間たちであった。周りとの競争や支え合い、先生の指
導が無かったら、志望していた出版社から内定を勝ち取ることは出来なかった
と思う。
就職活動を始めたとき、出版社に入りたいという気持ちは誰にも負けなかった
ものの、自信が無かった。何故なら人に誇れるような経験や文章のスキルなど
を持ち合わせていなかったからである。「少しでも力をつけてから仕事がした
い」。そう思い選んだのが「マスコミ試験に受かるためでなく、真のマスコミ
人を育てたい」という考えを持ったマスコミ・スタディ・フォーラムだった。
初回の授業から私はよく注意された。少しの仕草についても指導され、学生の
常識と社会でのマナーが異なることを痛感したのを覚えている。無知ほど恐ろ
しいものは無い。
もちろん、毎回の授業では文章の書き方やジャーナリストとしての考え方など
も幅広く学ぶ。授業中はいつも忌憚の無い意見が飛び交い、教室には緊張感が
漂う。その張り詰めた空気と優秀なメンバーたちとの意見交換がいつも刺激に
なり、「負けたくない」「前の週より成長したい」と強く思うようになった。
重要だと思ったことは何でも書きとめ、先生の勧めることを実践するようにし
た。そのうちに、ニュースの見方が変わり、自分の文章に対する周りの評価が
変わり、少しずつ自分の成長を実感できるのが楽しくなっていった。
就職活動の間、「辛い」とも「逃げたい」とも思った。しかし、MSFに行く
と、不思議と「よしやるぞ」という気持ちになる。それは同じ志を持って一緒
に戦う仲間や、それを全力で応援してくれる先生がいらっしゃったからだと思
う。 
そしてMSFに入ってから半年が経つと、以前の私のように「私なんか〜」と
言っているメンバーを励ましている自分に気がついた。半年前の私が仲間の言
葉に支えられたように、他のメンバーを応援したいと思えるほど気持ちに余裕
が出来ていたのかもしれない。次々と入ってくる優秀な新メンバーに焦りを感
じ、気が抜けなかったのも事実ではあったが。
志望していた出版社から内定を頂いた瞬間、「やっとスタート地点に立てた」
と思った。照れ臭さで素直に喜びを表現できなかったが、先生とメンバーが喜
んでくれたのがとても嬉しかった。もちろn、まだまだ足りない部分はたくさ
んあると思う。しかし、出版というフィールドに立っていられる限りきっとど
こまでも上を目指して頑張れると思う。社会人になって、モチベーションが下
がったり辛いことがあれば、MFS時代を思い出して初心に帰ろうと思ってい
る。(東京教室生)

メッセージ=東映・総合職内定 Mさん 2002/10/18追加掲載
最初に言いたい。「粘れば勝てる」。
私の就職活動はほぼ一年間に及んだ。どんなに意気消沈しようとも諦めないこ
とが私の最大の勝因であった。それを教えてくれたのがMSFであり、山田先
生であった。
大学3年生の夏休み、就職を意識し出した私は、既に働いている友人に就職に
ついて相談した。そして「どこも大変だ。ならば、とことん楽しくカッコいい
仕事がいい」という結論に達した。華やかなイメージのテレビ局を志望し10
月の初めMSFの扉を叩いた。初めてのMSFの授業で私は冷水を浴びた。筆
記模擬試験は2割も出来ず、作文試験は文字の垂れ流し。先生に言われなくて
も「こんなんじゃ受からない!」と自分で気づいた。
幸い時間がまだあったため、筆記と作文だけは早めに完成に近づけた(←これ
は大事)。毎週水曜日に行われていたメーン講座は楽しみであり、恐怖であっ
た。毎回自分の出来の悪さに直面するからだ。だが、それを克服しなければ強
者揃いの就職戦線を乗り越えられない。先生に進路相談したり、同じ教室の仲
間と勉強会などしMSFをフル活用した。マスコミに入るための知識のみなら
ず「入ってから」を意識する授業に刺激を受け、私の志望も「漠然と、テレビ
局」から「明確にNHK」へと変わっていった。だがNHKは落ちた。自信に
満ちて志望書を書き上げ、作りたい番組の構想や将来のNHK像を考えていた
のにNHKは会ってもくれない。私は悲しくなった。就職活動を通じて社会の
厳しさを感じた一瞬だった。
しかし落ち込みはしたが諦めはしなかった。第一にここで止めたらカッコ悪い
ではないか!色々受けまくった。テレビ局はもちろん、広告、ラジオ、映画、
新聞、音楽業界、メーカー、デザインの事務所など、とにかく遮二無二であっ
た。普通テレビ局に行きたい人はテレビ局ばかり受けるだろう。私はそうしな
かった。NHKから拒否された時点で「自分はテレビ局に向いていないのでは
ないか」という思いが生じていたためだ。結果的に色々な会社を受けたのはよ
かった。OB訪問や企業研究をしていくうちに自分の本当にやりたいことが見
えてきたのだ。
それは映画だった。自分の勉強している芸術に近いし、海外にもビジネスチャ
ンスがある。この時期(6,7月)、周りの友人は内定ラッシュ。しかし確固
たるものが自分の中に出来たためか、不思議と焦らなかった。本当に入りたい
気持ちは面接官に伝わるもので、受けた映画会社はどこも手応えがあった。
映画会社から内定通知が来たのは8月の中旬。足掛け一年、長い就職活動は私
の粘り勝ちで幕を閉じた。自分一人で頑張る自信のない方、まだ目標が漠然と
している方に私は、是非MSFをお薦めする(目標が明確な方はなお良い)。
(札幌教室生)

※禁・無断転載。あるマスコミ予備校パンフレット(合格体験談)で、新聞社
内定という方が本欄の文章を抜き書きした文章を執筆していることを確認しま
した。想定していないことであり大変悲しい思いでおります。本欄の文章は全
て当塾生が未来の仲間に向けて、善意でお書きくださっているものです(恥ず
かしい話ですが、MSFから謝礼などのお支払いもしていません)。みなさま
のご理解をどうぞよろしくお願いいたします。※

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